『君の知らない物語』
夜空を見上げたのは、何年ぶりだっただろう。
いつもはスマホの画面ばかり見ていた。都会の喧騒の中で、星空なんてものは、遠い昔の記憶に埋もれていた。
でも、君と出会ってから、世界が少しずつ変わっていった。
「ねえ、知ってる? 本当はね、星ってこんなにたくさんあるんだよ」
そう言って君は微笑んだ。まるで星座のように綺麗な横顔だった。
夏の終わり、僕たちは小さな町の海辺にいた。夜の海は静かで、波の音だけが遠くから響いてくる。
君が手を伸ばした先に、一筋の流れ星が落ちていく。
「流れ星、見た?」
「うん……願い事、しなきゃな」
「何を願ったの?」
「君には内緒」
君はくすっと笑い、僕の隣に座った。その距離が近いのか遠いのか、今でもわからない。
君は星が好きだった。
それはまるで、星の向こうに行きたがっているように見えた。
——そして君は、本当に行ってしまった。
夏が終わるころ、君はいなくなった。突然のように、けれど、それはきっと決まっていたことだったのかもしれない。
僕はもう一度、夜空を見上げる。
「君の知らない物語を、僕はこれからも探し続けるよ」
そう呟いたとき、また一つ、流れ星が落ちた気がした。
3/9/2025, 3:56:48 AM