理屈を説けば
大人の顔でうなずくくせに
突然煮だって吹きこぼれしまう
自分の感情が一番不条理だ
『不条理』
つやつやみずみずしい新玉ねぎの
白く透きとおる肌に刃をおろす
鼻から喉の奥 肺に辛さが満ちて
じわりと目がうるみだす
これくらいでは泣かないよ
大人は色々鈍感だから
切る前によく冷やす
小さなライフハックの実践
しかし世の中これが通用しないこともあるのだ
霜のおりた地面に春が雨を降らせるように
酷使され傷ついた瞳にみるみる水の膜がたまり
ぽたぽたとこぼれだす
豚バラと梅肉
ポン酢と和えて食べた
新玉は甘かった
乾いた心ともろもろによくしみた
『泣かないよ』
今夜は風が強い
あちこちで窓や扉が軋んでいる
まるで鍵でも掛け忘れていないかと
ためしてまわっているかのよう
どうしたら僕らの不安は消え去るだろうか
良いことより嫌なことのほうが記憶に残りやすいね
同じように悪い未来のほうが想像に容易くて
いっそ石橋は叩き壊してしまおうか
あらゆる出入り口にバリケードを築こう
ありったけのお気に入りを缶詰めにして
地下のシェルターに籠もってしまおう
寂しくなったら詩や小説や日記を贈り合おう
一方通行でもいいから
そうして僕らは夜風を忘れてぐっすり眠るんだ
隕石でも降って来て
世界が滅ろぶ朝を待ちながら
『怖がり』
黄昏に 夜が息吹く
波のよせるように
暗やみが そらを 満たし
あふれる
星がふる
いやおうなく こぼれ落ちる
いくつもの光のすじが
黒い 海へしたたかに
叩きつけられては
薄氷のきしむ 音をたてた
星がふりやむ頃
波はうすく光り
浮かびあがったなき骸を
白い砂上へいざなう
硝子色からひょうはくされていくかがやきは
砕かれ ひと匙の砂に変わる
君は 黒と白の境界を
透ける 白いドレスのすそを濡らしながら歩いている
夜ごとひろがりつづける浜辺に
まだ息のあるものをさがしている
『星が溢れる』
うちのお婆さん
天気の良い日は
庭に椅子を置き
まるで植物になったかのように
日向ぼっこをしていた
風が心地良くてうとうと
そんなときのお婆さんの目は
ラムネ瓶の底にたまった光の色
どこか遠い街の海を見ているような
どこまでもしずかで透明な瞳
またあるときは
山の稜線にたまった夕日の色
とりどりの落ち葉が陽を照り返し踊っているような
歳を重ねればいずれ
あのような瞳をもてるのだろうか
もてたら良いと
日向ぼっこをしながら思い出している
『安らかな瞳』