あまり

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3/12/2023, 12:23:59 PM

君は授業中ノートの端に詩をしたためるタイプの中学生だった。正直内容はさっぱりわからんかった。
それでも当時ラノベにはまり物書きに憧れていたおれには君が、何か特別な才能を持った人に見えていた。

カッコイイとか天才だとか熱心に褒めた記憶がある。そうすると君は、嬉しそうにはにかんだっけ?

今どこにもいない君はおれの頭の中であざやかな放物線を描き落下していく。ガラス窓に映る温度のない太陽を何度も引き裂いて君はいつまでも落下する。

今更になって君が知りたいとか恥ずかしいことを思った。ベランダで夜風に吹かれながら、君の目線で世界を見たくて今は詩を書いている。が、それを詩と呼べるのかどうかすらおれにはわからないままだ。君ともっと素直に話しておけば良かった、なんて。

風がマンションを駆け昇り星の海で墜落する君を受けとめる。夜景の街にゆっくりと、無音のまま君が降り立つ。一瞬だけ君はこちらを見上げるとすぐに前へ向き直り、明かりのない路地へと消えていった。

その後ろ姿からいつまでもいつまでも目をはなせなくて、ベランダの柵を強く握りしめた。

夜風に吹かれるおれは、未だ初恋の中学生だ。


『もっと知りたい』

3/11/2023, 11:43:33 AM

静かに眠りこける朝を
大地がゆする
言葉なくなにかを訴える
貧乏ゆすりのように

お腹減ったな

脳裏に星を飛ばしながら
薄闇のなかで冷蔵庫をひらく
納豆のパックをあけて
少しお米をのっけて
こぼさないように混ぜる

ほかほかごはんの湯気が大豆の香り
甘さをかみしめながらテレビをつける
冬毛の犬たちがソリを引いていた
白い息までふわふわで

なにかがきしむ音を聞いた気がする
とてもだいじなことを考えていた気がする
でも目が覚めれば大抵それは
くだらないことだったりするのだと
根拠なく納得して
不安を飲み下す
形にならないことを少しずつ
日常の裏へとりこぼしていく


『平穏な日常』

3/10/2023, 1:19:33 PM

銃声を覆うように
祈りの声が鐘を打ち鳴らす
世界中の歌や文字や絵の中に白い鳩が飛ぶ
血と硝煙でけぶる空が青く染め上げられる

嘘くさくてもいいではないか
できるだけ多く愛をうたおう
世界中のカナリアたちが終末を叫んでも

凍土を耕し種を植える
多くの先人たちがそうしてきたように
子供たちの手が柔らかなまま
いつか白銀に輝く
オリーブの葉を受けとれるように

人々が祈りを忘れる朝が来るまで
世界中の鳩がただの鳩になるまで


『愛と平和』

3/9/2023, 10:46:26 AM

日めくりをまた一枚ちぎっては
過ぎ去った日々の裏に落書きをしていく
少しずつ積もりはじめたそれに
窓から吹き込む風が潜り込んでは
殺風景な部屋を走り周り
そこかしこで足音を立てた

他人から見れば価値のない紙切れ
それでも降り積もった日々は
どうしようもなく私の心をくすぐった

『過ぎ去った日々』

3/8/2023, 2:01:40 PM


※グリム童話の千匹皮からモチーフを拝借しています

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昔々あるところ、
生家から逃げ出し一人さまよう少女がおりました。
太陽のような金のリボンで髪を結い
月のような銀のショールを纏い
星のように輝くスカーフを首に巻いています。
そしてその上から
ウワバミのように長く縫い合わされた
千匹の獣の皮を被っておりました。
少女のことは千匹皮と呼びましょう。

あてど無くさまよううちに
千匹皮は何処ともしれぬ街へと辿り着きました。
つぎはぎされた毛皮を引きずって歩く千匹皮に
街の人々は遠巻きに好奇の視線を送ります。
千匹皮が歩く度に
汚れた毛皮のその奥に
リボンやショールがキラキラと光りました。
やがて仕立ての良いワンピースの少女がやって来て
あなたの素敵なリボンが欲しいと言いました。

リボンをあげたら何くれる?

千匹皮は訊きました。
ワンピースの少女は千匹皮に
キラキラ光る金の硬貨を渡します。
千匹皮はお金というものを知りませんでしたが
キラキラした硬貨が気に入って、
リボンを渡すことにしました。

リボンを受け取ると少女は
自分の焦げ茶色の髪にそれを結びます。
少女は自分の髪の色が大嫌いでしたが
金のリボンを結ぶとそれは
大輪の向日葵が咲いたように華やぎました。
少女はたいそう喜びながら去っていき
千匹皮も嬉しくなりました。


また千匹皮が歩いていると
今度は若いドレスの女性がやって来て
あなたのショールを譲ってほしいと言いました。

ショールをあげたら何くれる?

千匹皮は訊きました。
若い女性は千匹皮に
ツヤツヤ光る銀の硬貨を渡します。
若い女性は肩から首元まで大きな痣がありました。
しかしそれは銀のショールを纏ったとたん
月のように神秘的でとても美しい模様になりました。
女性は丁寧にお礼を言って去っていきます。
はにかんだ笑顔に千匹皮も嬉しくなりました。

星のようなスカーフは
優しそうな老紳士に
ピカピカ光る銅の硬貨と引き換えて
千匹皮は喜びました。
スカーフは奥さんへの贈り物になるようですよ。

ずるずる。
獣の皮をを引きずって
千匹皮は歩きます。
だんだんと日が暮れてゆき
だんだんとお腹が空きました。
するともらった硬貨がたいそう
重たいように思えます。
ついに歩く力もなくなって
千匹皮は座り込んでしまいました。

長い毛皮は千匹皮から寒気を遠ざけましたが、
綺麗な硬貨を齧ってみても
ちっともお腹は満たされません。

パンを買えばいい

不意に毛皮の中から声が聞こえて
千匹皮は驚きました。
いつの間に潜りこんだのか
煤に塗れて真っ黒な少年が
千匹皮のすぐ近くでくすくすと笑っておりました。
お金を知らない千匹皮の代わりに
少年はパンと葡萄酒と湯気の立ったシチューを
二人分買って来て
二人で並んで食べました。
それから二人は解いた毛皮の一枚を
燃やして暖をとりました。

これお金って言うのね
何でも貰えて凄いのね
これを使うとみんな幸せになれるみたい。

今お腹を満たしたパンと葡萄酒と温かいシチュー。
今日出会った人々たちの顔が思い浮かびました。
それから、かじかんだ少年の手をとって、
千匹皮は続けます。

でもあなたが教えてくれなきゃ
ここであたしはお腹を空かせたままだった
どんな色のお金を貰うより
あなたが今一緒に居てくれることが一番嬉しい

千匹皮は、
月のようにまあるい頬に
星のように輝く瞳で
太陽のように笑いました。
金貨や銀貨では
とても引き換えることの出来ない
宝物を見つけた心地で少年は
少女に毛皮のベールを
深く深く被せました。


『お金より大事なもの』

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