【瞳をとじて】
あの頃の景色を思い出して、大切な人を懐かしむ。
瞳をとじて、目蓋の裏に過去の自分を描く。
ああ、今の私は、何が好きだったのかすら忘れていた。
何を見て、何を聞いていて、何かを感じたのか?
こうして止まらない時だけを追いかけて
「今」だけに留まって将来から逃げ続けた私の人生に、
得たものなど何一つないというのに。
【ただひとりの君へ】
「彼女はずっと、ずっと笑っていました。
勿論、時には泣いて、時には少しの怒りを見せました。
恒に誰かに憧れを見出だすような…そう、彼女は人の良いところを見つけるのが得意だった。」
私以外に友人の話を聞くものは、この神殿内を満たす透き通った、柔らかい雨の水だけだ。
「もう二度と会えない気がして。
あれから、ずっとその姿を見ないのです。」
彼女はかつて、この神殿内で女神の奇跡を呼び、世から争いを失くし人々に幸福をもたらした。
「さよならも言わずに、彼女は行ってしまった。」
ポロポロと伝う友人の涙はこの湖の中に消えていく。
彼女とは、私も戦友だった。
奇跡の女神を起こした代償は、彼女に向けられる愛だった。その愛が幸福となって世界に降り注いだのだった。
彼女は最後、涙を流しながら何かを祈っていた。
そうして姿を消してしまった。誰も彼女を見ぬ内に。
無数に降り注ぐ雨のような、ただひとりの君へ問う。
己が報われぬと知っていながら誰かを世界を想い続けた君の人生は、幸せなものであったかを。
それとも、それが君の報いであったのか。
【星のかけら】
その星は人々の思い出からできたようで、魔女はその周りに散りばめられた星のかけらを集めている。
星になり得なかったかけらは、忘れられた思い出。
そして、彼女は僕の星のかけらを拾った。
「それ、どうするんだ」
訊ねると、「コレクション」と魔女は笑った。
「悪趣味だな」
「もう持ち主でさえ手放したものよ」
「まあね」
どうせ星に紡がれている思い出は、彼女にしか見られないし。
「……どうして、自ら手放したの?この思い出を。大切な人たちだったのでしょう?」
星のかけらを見つめながら魔女は問う。
「"またね"がいつの日か必ず来なくなる事を、僕は知っているからさ」
「へぇ。ただの人間のくせによく言うわ」
思い出を忘れてしまった僕には、本当は何のことだか分からなかったけど、
きっとあの日の自分は同じ言葉を残して捨てたと思う。
星よ、そうなんだろう?
【君と一緒に】
彼らは幼なじみの仲だった。いつも二人でいた。
男の子二人なのに、いつも大人しい遊びをしていた。
ずっと二人でいるのかと周りは思ってた。
ある日、一人がもう一人に告白をした。
ずっと恋愛対象として見ていたらしい。
「ごめん。君と一緒にはいられない」
そういって断ったそうだ。真摯に。
そして断った彼はある女の子に告白をした。
女の子は迷った。彼ら二人を見ていることが、彼女の安らぎだった。
儚い彼らの間に入ってはいけないと思った。
しかし何度も告白された女の子はとうとうその気持ちに答えることにした。
失恋をした男の子は絶望の末、泉の中に飛び込んだ。
しかし命を絶つことはできなかった。
私は、私は兄様を裏切ったの?
兄様は何も教えてくれなかったのに。
そんな目でこっちを見ないでよ。兄様。
ああ、どうしてこんなことに。
【日の出】
「馬鹿みたいな人生だった」
虚空に消える、すっかり口癖になった言葉。
健康な生命体たる自分の身体は自死を望まない。
でもきっと終わるだろうと希望的観測で生きてきた。
ずっと真っ暗な道を、遠くに見える死という光を追いかけて歩いてきた。全部終わる前提で創った道だった。
今、私は恵まれた環境に生きていて、それに気付いている。眩しすぎた光の中にいるのか目が見えないほどに。
笑うことも、泣くことも、怒ることも、恨むことも、慕うことも、慈しむこともできるのに、
私の心は晴れることなくずっとずっと虚しい。
そして、皆はそれを「貴方はまだ大丈夫」と言った。
私を幸せにしたい人達が大勢いてくれる。
「不幸な自分より幸せということにしたい」人達が。
分かってる。誰よりも私が一番。過去は見なくていい。
私の想いも、彼らの考えも全部一方通行だし。
ずっと、ずっとこのまま生きていくのだろう。
心の奥がずっと空っぽで、真っ暗な景色を見て。
そこに日の出を見ることも叶わないまま。