『やあ、二日ぶりだね』
病室のドアを開けて、ベッドの上の彼女に話し掛ける。
少し青白い顔の彼女は僕を見て微笑む。
『…今日はあまり体調良くなさそうだね』
目を逸らしてゆっくりと頷く。
その様子を見て僕は話題を変えようとする。
『そうそう、今日はね…』
看護師1:「…あの男の子、また来てますね」
看護師2:「ああ、貴方は見慣れてないのね」
看護師1:「見慣れるわけないですよ。だって…」
「あの病室、誰も入院してないのに」
夕暮れの病室に響く泣き声。
その様子に、俺はどんな表情をすればいいのか分からない。
『ごめんね…泣きたいのは君なのに…』
確かに泣きたい気持ちはある。
でもそれ以上に、俺は君に泣いてほしくなかった。
だがベッドに横たわり、呼吸器とたくさんの管に繋がれた
俺に出来ることなんて限られている。
そんな時、看護師が面会時間の終わりを知らせに来た。
君は椅子から立ち上がり、泣き腫らした目を誤魔化すように
明るい声色で“またね”と言った。
目と目は合わなかったが、俺は少ない力を振り絞って
肘から上を上げ、手を振った。
君の背中を完全に見送り、腕を下ろして天井を見上げた。
俺なんかの最期に、君に泣いてほしくないから。
だから、一人きりで、君の知らぬ間に。
「ま、たね…」
かすれ切ったその声は、俺の意識と共に消えていった。
「…に、似合うか?」
初めて着る甚平に包まれて照れくさそうな彼。
『うん、よく似合ってるよ』
その愛らしい姿に全力の賛辞を送る。
周りにいる看護師達も同じように彼を褒める。
「ほ、褒めるのはいいから早く行こうぜ」
彼は顔を背けてそう言うと点滴を連れて歩き出す。
その姿をコンビニで買った手持ち花火を持って後を追う。
着いた先は病院の裏手にある小さな公園。
少し廃れたベンチに彼は腰掛ける。
地面に軽く刺したロウソクに火を着ける。
彼の方を見ると花火の種類に目を奪われていた。
『お待たせ、いつでも始められるよ』
そう声を掛け、二人きりの小さな夏のお祭りが始まった。
煙すらも愛おしく感じた、最初で最期の夏の夜。
「どう?似合うかな?」
真っ白なワンピースが夏の青空に映える。
くるくると回る彼女と一緒にスカートもふわりと舞う。
『うん、よく似合ってるよ』
俺はそう言って自慢の一眼レフを構える。
どんな一瞬も撮り過ごさないように。
レンズ越しの彼女は夏の日差しにも負けず輝いている。
そんな彼女を無我夢中で撮った。
あれから数年、彼女はもう居ない。
俺はカメラに残る写真をずっと消せずにいた。
『…本当に、似合ってるよ』
線香の匂いに包まれながら、窓の外を見る。
あの夏の日も、大きな入道雲が背景にあった気がする。