へるめす

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4/25/2023, 8:01:27 PM

画面には、いやにけばけばしい書体で「謎の天体現象」の文字が浮かんでいる。何とも気の抜けたアナウンサーたちのやり取りの向こうでは、黒く染まりつつある夕焼け空に白い線が流れていた。
いつもと変わらない退屈な朝。わたしはテレビを横目に朝催いをする。白光赤光相交奇――わたしもそんな風にして、恐る可し恐る可しと書き付けてみたいものだ。願わくは、この退屈な日常にも不可思議を――独り言を呟きながら、アイスコーヒーの入ったグラスに角砂糖を一粒落とした――黒く染まった粒子がさらさらと尾を牽いて落ちていく――テレビの電源を切ると、わたしはグラスをゆっくりと傾ける。
――国立天文台によりますと、今回の現象は火珠と思われるが、落ちてきた物体は白い立方体で人工物の可能性が高いと……

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流れ星に願いを

4/25/2023, 1:16:44 AM

わたしは至って真面目な人間だ。
毎朝、目覚ましのベルが鳴るきっちり五分前に目を覚まし、ナイトテーブルの上に置いてある水を飲む。そして、洗顔から始まり、朝食等々、いつもと同じように朝支度を終え、決まって右足から家を出る。社会に出て以来、ほんの数年に過ぎないが、わたしはいつだって規則正しく生活することを旨としている。いつか持つであろう家庭を円滑に運営するための予行演習というわけだ。
これまで繰り返されて来たのと同じ朝を歩き、百歩きっかりで横断歩道まで辿り着く。だか、どうしたことだろうか――昨日と同じ今日であれば、目の前の信号が赤であることなど有り得ないはずだ。不意の出来事に、わたしは少しばかりの動揺を感じ、そんな自分の心を覆い隠すように、深く呼吸し、自分の身体を撫でてみる。五分、十分と経過して、一向変わる気配のない信号機。わたしはいつだって繰り返される今日を生きてきた。そしてこれからもそうやって生きていくに違いないと思っていた。いや、そうやって生きていかなければいけないのだ。規則は絶対だ。すべて規則が人生を主宰すべきなのだ――苛立ち焦るわたしの眼にはただ赤い光だけが見え、それすらも次第にぼやけていく――
――あれからどれだけの歳月が経ったのか、わたしには分からない。依然としてあの忌まわしき赤い光がわたしを睥睨している。交差点に座り込んでいたわたしの処へ、黒い服を着た人びとがやって来る。何か会釈などして挨拶しているようだった。それから、手早くわたしの身体を持ち上げると、箱の中へ詰め込む。人びとは何か悲しげに言葉を交わしている。わたしの眼には焼き付いたあの赤い光だけが揺れている――燃えるような赤――そして、幼い女の子の声が言うのだ――「おじいちゃん、焼かれちゃうの?」
わたしは至って真面目な人間だった。

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お題:ルール

4/23/2023, 7:14:45 PM

(極度に悲哀の方へ立つとして(きっと))心はつねに回転する多面体だ。
いつか亜熱帯を模した植物園の一角で、何気なく見かけたラフレシア・アルノルディイ。といって、それは模型でしかなかったけれど、その巨きな姿態に私は魅せられた。いま心残りなのは、その佳香を直接に確かめることが出来なかったことだ。
彼が私に快復不可能な傷を残して行ったのは、もう数週も前のことだ。あれから、私の精神は輾転として惑い続けている。もう二度と謝意を受け取ることさえ出来ない私。私に傷痕ばかり見せる私の心。
きらめくような、赤に白の斑模様――音を立てて飛び交う蠅――ひとの心は花を観るとき、花に成ると言ったのは誰だっただろう――でも、彼は?私は?
私の眼は蠅の軌道を追いかける。蠅になった私は、私の周囲を旋回しながら、やはり私の心模様など理解し得ないだろう。ただ、私の匂いに引き寄せられて飛ぶばかりで、その世界には私の心の置き処などないだろう。映発のない環世界。彼の心には私の心など終ぞ映らなかったのだろう。そして、私の心はいずれ壊れてしまっただろう。
私の心は球には成れぬ、止むことのない回転体だ。今日も小暗い森の底で彼の訪れを待っている。

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今日の心模様
2023.4.24