鐘の音
どこかの国の風習で年の終わりに鐘を鳴らすらしい。
この地方にそんな風習はなく、雪山の頂上から見える一つの街が毎年決まって年の終わりにライトアップをしているのをよく見る。その時だけは雪山にまで色が届き、夜なのに彩られた雪を見て年の終わりを実感しては寒い中でも少し笑える気がしてた。
鐘の音…昔はよく聞いていた。スタートの合図にどこまでも響く、高くて透明な音は最適だった。あの瞬間、僕たちは平等な競技者であり切磋琢磨する仲間でもあった。目に入る銀色の世界には派手なくらいの服を着て、どこまでも飛んでどこまでも滑っていけると夢を見ていた。
...故障した足が動かなくなる前に戻ろう。雪山がどれだけ危険な場所かは身を持って知っている。
今は鐘の音なんて聞きたくない。どこかの国の風習が無くて良かったなんて失礼な事を考えていた。
つまらないことでも
君と居ればつまらないことでも楽しい。
よくある少女漫画の常套句の言葉。
恋人同士であればつまらない時間がない、それはきっととても幸せな事なんだろう。
けど、僕らには、正確には僕にはそんなつまらない時間はない!常に忙しい…。要領が悪いのもあるけど、すぐに考え込んでしまう癖もあっていつの間にか時間がなくなっている…毎日慌てて過ごしている。
そんな僕をしりめに僕の恋人は時間に余裕を持って動いてる。僕が思考の世界に入り込んでも、ご飯の当番で準備が出来ていなくても、君はその全てを無かった事にしてこれからの時間に余裕を持たせてくれる。
何度君に謝罪とお礼の頭を下げた事か…君にとっては迷い癖や考え込む、そんなことをしている時の僕といる時間なんてきっとつまらないだろう…。それでも君は、嫌な顔だけで済ませてくれる。それでもと、納得のいかない顔の僕を見て君はため息を着いて言った。
「どうせつまらないことでも考えてんだろう、でもそれはてめぇにとって有意義な時間で、のちに俺にも関わってくる事でもある。どんなくだらねぇことでも悩んだり、敷き詰めたり出来んのがてめぇの短所で長所だ」
まさかそんな事を考えてるなんて思いもしなかった。
もしもタイムマシンがあったなら
過去に戻れるならどうする?
出来ない事を考えては勝手に気持ちが沈む。
全盛期だった頃に戻って、これからの事を知っていたとしても止められる自信はない。
休む事は息を止めるのと変わらない事だったから。
息をしている限り高みを目指して努力をしていた。
だから、未練はない。はずなのに…悔しいと思う気持ちが日々降り積もって、息をするのが苦しい。
未だに乗り越えられずに今ある立場を忘れてもがき苦しむ。
毎日忙しいはずなのに、ふと過去を思い出しては心が震える。
あぁ…タイムマシンがあるなら…
『助けて欲しい』
未来の僕がこれをどう克服したのか教えてほしい。
終わりにしよう
夕陽が落ちる頃、僕らは足を止めてこれからの話をした。
「終わりにしよう」
君からそう告げられて、君の背中から漏れる沈みかけの夕陽が眩しくて僕はつい目を細めた。それが何だか恥ずかしくて手で顔を隠した。
「ぶさいくな顔」
君はそう言っていつもと変わらない笑い顔で言った。
「仕方ないだろ眩しいんだから」
内心違う事を思ったけど、その言葉は引っ込めた。それを言うと君は顔を真っ赤にして怒ってドスドスと歩いて行ってしまうから。僕はもう少し君と居たいんだ。
「…今から恋人だからな」
「うっ…うん」
「ちゃんと自覚してんのか?」
「うるさいな!そうやって君はいつもっ!」
君から送られる熱い視線に気付き思わず口を閉じた。お互い両思いなのはわかってた。でもお互い踏ん切りがつかなくて今日を迎えた。色んな意味で区切りのついた今日、友達でありライバルである僕らはその関係に終わりを告げて、恋人になった。
夕陽が沈みもう眩しくないはずの君の顔は、やっぱり眩しくて少し夕陽のあとが残る色をしていた。
目が覚めると
ふと目が覚めた。
暗い闇のなか目だけを動かしてまだ夜なのか、と心の中でため息を着いた。
普通の人なら目が覚めるとカーテン越しに浴びる光に朝なのかと思い起きるだろう。どうやら私は普通ではなく、最近夜中に決まって目を覚ます。その原因が何なのか私自身は検討がついていない。
ふぅ〜と息を吐きゆっくり起き上がる。水でも飲むかと、体の乾きに応えようと動こうとした時、不意に何かにぶつかった。
あぁ、そうだなそうゆう時が多いかもしれない。
心の中でそう思ってぶつかった者を見る。隣で静かに寝息をたてている。君がそばで寝ている時は必ず夜に目を覚ます。
それは君が愛おしいからなのか、君が朝まで隣に居てくれるかどうか不安なのか、やはり私自身は分からない。