ポタリ、ポタリ。
あぁ、まただ。
時々、彼は零れるように泣く時がある。
コップの縁から溢れ出すように。コップに沿って伝う”雫”のように。
それなのに、無邪気に笑うんだ。
泣いている時でさえ、声も何も変わらない、いつもと同じ顔で。
それがとても哀しくて、痛ましいのに、
綺麗だと思う自分が、何よりも恐ろしくて仕方なかった。
雫
満たせないモノが、あるんだ。
どれだけ願っても、どれだけ頑張っても、どれだけ取り戻したくても。
この気持ちは、この願いは、この焦燥は。
絶対に満たせないんだと解っている。
だからーーー””何もいらない”んだ。
絶対満たせないモノの代わりがアンタ達だ、なんて、思いたくもなかったけどね。
何もいらない
君がいるセカイは、きっと色々な色に溢れているんだろうねぇ?
残念だけど、ボクはそうじゃないんだよね~。
色はあるよ?
でも、”無色の世界”よりはましって感じかなぁ。
……でも、ボクにとっては、それで十分、なんだよねぇ。
だって、みんなの色だけで飾られたセカイが、ボクにとって全てだからさ。
無色の世界
力強い反面、とても繊細で。
破天荒なくせに、温かな優しさがあって。
無茶ばかり仕出かすくせに、誰よりも気遣ってくれる人。
そう言えば、よく花に例えられる人だった。
纏う色からそう呼ばれるようになっていたけれど、こちらも似合うんじゃないかなぁ、なんて。
”桜散る”中で振り返ったあの人は。
誰よりも力強くて、誰よりも繊細な、桜のような人だと思った。
桜散る
ずっと、逃げ出したかったんだ。
俺のいる街は、ある意味では見放された吹き溜りのような場所で。
正義も悪も、その日次第。何なら、毎秒入れ替わるくらいの碌でもない場所で。
そんな中で、大切だと思えるモノに出会えること自体が奇跡みたいな場所だった。
そう考えるなら、俺は幸運だった。
碌でもない街で、大切なものが見つけられたんだから。
その大切なものを、俺は守れなかった。
……いや。正確には、俺が手にかけたようなもんだった。
それ以来、この吹き溜りのような街で、俺はそれ以下の存在になった。
意味も、価値も、俺にはもうどうでもよくて。
生きているとは言いがたい、生きていることさえ忘れたように、ただただ日々を過ごすだけで。
だからーーーずっと、逃げ出したかったんだ。
大切なものを守れなかった弱さから。
大切なものを手にかけた罪から。
大切なものと引き換えに生きている現実から。
逃げて、逃げて、”ここではない、どこかで”やり直したかった。
ーーーけど、そんな逃避行も、もう必要ない。
「ーーーやっと、見つけた」
踞る俺の前に現れた影と、落ちてきた言葉に、漸く終われると密かに安堵した。
ここではない、どこかで