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12/3/2022, 12:37:27 PM

新章の扉絵から君へ

さよならは、言わないでいいよね。
私、強くなったから、君がいなくたって、泣かないよ。ひとりで平気だよ。もう、君と過ごした日々なんて、ぜんぶ忘れちゃったよ。私は真新しい旅へ出るからさ。
……なんてね。忘れられない思い出だから、こうして記憶の小瓶に詰めて大切に持ってるのに。この大きなトランクの中は、君と過ごした時の空が入っているハーバリウムや、ふたりで作った音楽を流して張った鏡でいっぱいだ。
君は、今日私がこの街を飛び立つことを知ってるのかな。風になるのは、私の方が君より得意だから、知ってても追いつけないよ。君はきっと、風になった私に追いつけなくて、後悔して、私のことが頭から離れないよ。
……だから、さよならは言わない。それで君が、私と作った光の箱庭を思い出して、悲しい気分になってくれたらいい。まだ好きなんだって気づいて、別れたことを後悔してくれればいいのに。
……ううん、嘘だよ。
どうか、幸せでいてね。



12月3日『さよならは言わないで』

12/2/2022, 2:18:16 PM

光の中をひとりで歩むより

僕はもっと考えるべきだった。
あの時、光と闇の狭間で、一度立ち止まるべきだった。
今、僕は強烈な光と静寂に襲われている。目の前には、輝く砂浜、青い海、そして雲ひとつない空。しかしそこにあるのは完全な無。沈黙、そして孤独。歩いても歩いても、誰もいない。静止画の中に放り込まれたみたいだ。闇の中で彼らといた時間が恋しい。どうしてひとり光の世界へ出て閉まったのだろうか。闇の方への扉は消え、僕はもう彼らのもとには戻れない。
僕は全てを得て、全てを失った。もう彼らと一緒に、闇の中を怯えながらも支え合い、歩調をあわせて進むということはできない。光の中で孤独に怯えるだけだ。
きっと、人はひとりでは生きられない、というのは正しい。目に見えるもので満たそうとしても、いつまでたっても心は満たされないのだ───
そう思った時、ふと、海とは反対側の、崖の方にある歪な扉が目に付いた。その扉は妙に僕の心を引き付けた。
───彼らは、あの向こうにいるのか?
重い体を、前に、前に、とゆっくりと進ませる。
僕は、扉を開けた。先は完全な闇。ただ、彼らの声は聞こえてくる。僕を、呼んでいる。
僕は、一歩踏み出す。ドアが閉まる音がする。今度こそ戻れない。
ただ、彼らと一緒になら大丈夫。そう思った。


「I would rather walk with a friend in the dark,
than alone in the light.」ヘレン・ケラー


12月2日『光と闇の狭間で』

12/1/2022, 11:37:21 AM

懊悩

どうやら、あたしはモノの距離を測るのがものすごく下手みたいだ。
例えば、仲良くなりたい相手に話しかけると、少し後ずさりされるし、逆に話しかけられると、緊張して距離をとってしまう。それから、あたしの手にある小さな星を、あの星にぶつけよう、とすると決まってビューンと変な方向に飛んでいくし、逆に、飛んできた星を打ち返そうとすると、9割はスカッと逃してしまう。なんでだろう。ほんと、嫌になっちゃう。
手頃な星が落ちていたから、半ばヤケクソになってテキトーに投げる。今回はべつに、どこに飛んでいっても、あたしには関係ない。ルンルンと歌ってやる。
悩みが溜まったりした時は、テキトーに歌うのがイチバンだと思っている。声に出すと意外と楽になるもんだ。
……さっき投げた星、どこに行ったかな。
投げた方を見てみる。すると、なんと、あの投げた星より幾分か大きい星に、どうっと衝突していた。2つの星は爆発したのか、真っ赤だ。キラキラ炎が渦巻いている。

──────それから、途方もなく長い時が過ぎました。
その星に住み着いた生物によって、ぶつかった星のうち大きいほうは「地球」と、小さいほうは「月」と名付けられました。



12月1日『距離』

11/30/2022, 1:18:28 PM

青紫の夜

私が降りなきゃいけない駅に近づいてきた。この夜も、終わりに近づいている。
私と、その隣の君しかいない閑散とした車内に、車輪の音が響く。鉄橋にさしかかったのだ。──もう、残された時間は、わずか。
ふと、君が私の手をそっと握った。私は体温の感じない君の手を、両手で包む。目の奥が熱を帯び、涙が溢れてきた。
「泣くなよ、別に、もう二度と、───会えない、わけじゃ、ないんだし」
君はもう片方の手で私の髪を優しく撫でた。泣くなと言う君だって、泣きそうではないか。
…確かにもう二度と会えないわけではない、と信じていたい。ただ、会えるとしても、私が君のところへ行く日──私がこの世を去る日、それは、随分と後になるだろう。先ほど、「僕の後を追って自ら、なんてことは絶対だめだからな」と約束させられたばかりである。せめてこの夜を引き延ばすことができたら───
列車は構わず鉄橋を越えた。私は少し躊躇って、君に促されて、プラットホームに降りる。繋いだ手は離れてしまった。
ドアが閉まる直前、君は私を抱きしめて、キスをした。初めてだった。私はとめどなく涙を零す。
列車は、発車すると暁の空に消えていった。
駅から見下ろした町は、ひっそりと白に包まれていた。



11月30日『泣かないで』

11/29/2022, 12:28:07 PM

籠城

「窓を──お願い、窓を閉めて──」
赤毛の少女の震えた声が聞こえた途端、誰もが口をつぐんだ。大人のいない図書の塔に、冷たい空気が広がっていく。窓の近くにいた少年少女たちはすぐさまバタンと全ての窓を閉めた。大勢が1階に降りてきて、かがんで身を寄せ合う。
背の高い少年がひとり、赤毛の少女に歩み寄って、低い声で尋ねる。
「冬が、始まるのか?」
少女は小さく頷いた。カーテンの隙間から夕日が零れ、影を伸ばしていく。
さっきまで、本を広げたり片付けたりと賑やかだった雰囲気がガラリと変わったので、最近図書の塔のメンバーになったマーガレットは戸惑っていた。
「ねえアガサ、何が起こるの?冬が始まると何がいけないの?」
「───"あいつ"が、来るのよ」
「"あいつ"って?」
アガサは質問には答えず、緊張した声で言う。
「とにかく、静かに。カフカの指示を待って」
しばらくして、細身で銀髪の少年が、絵本用の小さな棚の上に立った。そして落ち着いた声で話し始める。
「みんな、今年は幾分か早いし、先生もいないけど、落ち着いて、いつも通りに。戸締りは大丈夫だね。まず年長組はランタンの準備をしよう、年少組は先に地下へ」
間もなく、ごうっと木枯らしが来て一斉に電球の灯りが消えた。弱々しいランタンの光がぼうっと揺れていた。
これから、長い長い冬が始まる。



11月29日『冬のはじまり』

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