自分の体に対して、少し小さな檻の中で私は彼を見る。まだ小さかった私を、彼は拾ってくれた。檻を開けた彼は、私に手を伸ばす。触れるか触れないかの所でとまり、不思議に思って見ていると彼は「…おいで」と、優しく微笑みながら呼ぶ。私を拾った頃よりも、ずっと大人になった彼は、昔よりも一層優しく、格好良くなった。確か大学生…と言ってたかな。私が人間だったら是非とも御近付きになりたいけれど、近寄り難い存在な気がするな。
私は差し出されたその手に顔を寄せ、されるがままに撫でられる。そうすると、元から優しい彼の顔が綻んで、小さな笑い声が漏れる。「ふふっ、良い子。甘え上手になったね」なんて私を褒めてくれる彼。本当、昔の弱々しかった彼とは大違い。‹貴方が甘やかし上手なだけよ› …なんて、言えたら苦労はしないんだろうなぁ。
「ご飯置いとくね。あと水も変えて置くから、何かあったら呼んでね」そう言って、彼は行ってしまった。‹ねぇ、行かないで。もっと傍にいて欲しいの› 試しに呼んでみたけど、やっぱり伝わらない。「…君は良い子だからね、イタズラなんてしたらダメだよ?」
── …あぁ、本当。種族の差なんて無くなれば良いのに。
私は彼に拾われた鳥。巣と言う家から落ちた…いや、落とされた私は、固い地面に叩き付けられた。私の纏っている羽根が舞い、誰かの大きな笑い声が聞こえる。動けないくらいの激痛に悶えながら、死を悟ってゆっくり意識を手放し掛けた時、彼が私を助けてくれた。
私にとっては大きいけれど、彼らにとってはまだ小さな手で、私を掬い上げて、ゆっくりと撫でられる。朦朧とする頭で、ぼやける視界で見た彼は泣いていた。「ごめんね、痛かったよね…ごめんね、ごめんね…」きっと、私が落ちていく所を見たんだろうな。凄く傷付いた様な、刃物でも刺さった様な顔をしていた。‹…貴方も、きっとつらかったでしょうに……› 何とか意識を保っていた私は、彼に‹……たすけて› そう小さく鳴いた。その声に反応して、私を見つめながら「なんとか、なんとかしてあげるから…!だから、死んじゃダメだよ…!」なんて、必死に呼び掛ける。‹少し、ちょっとだけ、休むだけよ…大丈夫、大丈夫……› そう返しながら、私の意識は途絶えた。
目が覚めた時、私はもう檻の中にいた。私の体を纏うふわふわとした優しい感触と、落ちた衝撃で出来た、全身を覆う怪我の痛みを感じながらゆっくり目を開けると、少し遠くに彼が見えた。ぼやけた視界ではわかりにくいけれど、床に倒れてる様に見える彼は、多分寝てるんだろうな。‹…そこで寝たら、風邪引いちゃうよ› そう掠れた声で鳴くと、寝ていたのが嘘みたいに飛び起きて、私を見た。まだ立てそうもない私を、彼は優しく見つめて「よかった、起きてくれた…もう大丈夫だよ、もう怖くないからね…」そう言って、檻の隙間に手を入れて私を撫でる。正直怪我のせいでかなり痛かったけど、暖かくて優しくて…‹心配、掛けてごめんなさい。もう大丈夫だから…› そう言った私の言葉が通じたのかいないのか、彼は「無事で良かった…怪我が治るまででいい。だから、僕といっしょにいて欲しい…」凄く、つらそうな顔をして私に言った恩人の彼を、放ってなんて置けなかった。
‹怪我のせいもあって、きっと短命でしょうけど…
私は貴方の傍にいるわ。この檻の中で、ずっと見てる›
私は貴方の為に、鳥籠と言うこの檻の中で
生涯を全うするって決めたからね。
貴方が私を守ってくれるのなら、私も貴方を守らなきゃだしっ。
もし、タイムマシンがあるのなら、僕は彼女にまた逢いたい。
沢山楽しい思い出を作って、沢山話して、幸せに過ごしたい。
もし、タイムマシンがあるのなら、僕は彼女と共に居たい。
誰にも気付かれない所で苦しんでいた彼女を、僕は助けたい。
もし、タイムマシンがあるのなら…僕は彼女と終わりたい。
たった独りで黄泉の国へ行くのは、きっと寂しいだろうから。
あの日、僕が代わりに死んだって良かったのに、
彼女は人知れず、誰にも告げる事なく命を絶った。
僕の存在が、彼女にとって余計な重荷になっていたんだろうか。
今となっては、もうわからない。
彼女に伝えたかった気持ちも、話したい事も、やりたい事も…
もう何も、これ以上出来る事は1つもない。
僕は今、彼女を追うか、彼女の分まで生きるかで揺れている。
でももう、悩まない事にした。
もし、命を絶つのなら、君と同じ場所で…
これで、また逢えるね。やっと気持ちを伝えられる。
── ずっと君が大好きだよ。だから、君の傍に居させてね。
『──未明、──にて首を吊った男性の遺体発見──。
時─は不明。自殺と見られ、──全体を封鎖する─────。』
私は彼が好き。容姿も性格も、勿論好き。それ以上に私の名前を呼ぶ彼が好き。私を見てくれる彼が好き。でも…私以外の誰かを見る、あの目だけは好きじゃない。
私はわかってる。彼とはそんな関係になれない。
わかってる。私はただの女友達で、相談役でしかなくて、私よりもっと可愛い子に惹かれてしまう。
…そうよね、あの子の方がかわいいものね。
心の中で、私は自分に言う。わかってる、私はそうはなれない。彼の好みで居ようと、努力したのに空回り。私の変化にすぐ気付くのも、私の好きな物を知ってるのも、とっても嬉しいけれど、彼にはきっと私以外の誰かの方が幸せだから。だから、私も夢を見る。夢の中だけで、まだ満足出来るから。
いつか、私を見て欲しいけれど…
貴方にはきっと、私よりも似合う人がいるから。
今日も私は、1年に1度しか逢えない彼に、キンセンカの花を贈る。
ふと、目が覚める。まだぼんやりした頭では、今がどれくらいの時間かもわからない。起き上がろうとすると、腕が重い事に気付いた。いかにも何かが乗っている重さ。そちらに視線を送ると、彼女が僕の腕を抱きながら眠っていた。起こさないようにそっと抜くと、何かを探す様に手を彷徨わせる。使っていた枕をそっと近付けると、彼女ははにかみながらそれに抱き着いた。どうやらまだ夢の中らしい。その光景を微笑ましく眺めてから、僕は彼女と僕の朝食を用意しようと部屋を出た。