つまらないことでも
朝2時にサンダルを履き、一本しかない道を歩く。
波を引く音が耳に響いている。それがなんだか心地よい。
「アーサー。君はなんで毎朝2時に海に行くんだい?」
「レオ。海を見に行くんじゃないんだ。僕は砂浜に会いにいくんだよ。」
「砂浜に行ったってなんもないじゃないか。海を見に行くなら分かるが、砂浜になんの用があるんだい?」
「レオにとって、孤独とはなんだろうか。」
「寂しいものだと思う。」
「そういうことなんだ。砂浜は一人なんだよ。だから僕が毎朝会いに行かなければ孤独になってしまう。」
「砂浜は人では無い。アーサー。そんなつまらないことをするよりも僕と一緒にサイクリングに行こう。」
「いいや、サイクリングなんてもっとつまらない。それよりも毎朝、砂浜に行くと僕に砂を一粒くれるんだ。それを集めることが楽しいんだ。」
「アーサーのことはよく知っているつもりだけれど、これに関してはよく分からないよ。つまらないのに。」
「レオにもいつか分かるよ。」
海岸を歩く度に砂が僕に話しかける。
孤独とは辛いものだ。誰の温もりも感じられない。僕には耐えれないものだ。
「レオ。見てよ、瓶いっぱいに砂が埋まったよ。」
「アーサー。孤独に呑まれるとどんな気分になると思う?」
「道が分からなくなるんじゃないかな。」
「アーサー。それは瓶じゃない。君の手だ。」
「レオ。あの時君とサイクリングに出かけていればこうはならなかったのだろうか。」
「アーサー。砂を集めることはつまらないことでは無いのかもしれない。だが、僕と一緒にいることもつまらなくはないはずだよ。」
「そうだね。つまらなくないな。」
「アーサー。つまらないことでも共に時間を過ごさなければ君は呑み込まれるんだよ。」
「つまらないことでもね、それが大切だったりするんだ。」
「そうだね。案外楽しかったりする。」
波にさらわれる感覚が分かる。
「つまらないことでも。」
#16
病室
ほんわか白い光が何もかも透き通す白いカーテンを照らす。
機械音が一定的に鳴り続ける。
すぐ側に目をやるとひまわりが太陽の方向を向いて咲いていて、1枚1枚の花弁が真っ直ぐと伸びている。
機械音がすこし早くなる。
ひまわりの花弁が1枚落ちる。
機械音がまた早くなる。
また
また
また
最期は計り知れないほどに早くなる。
ひまわりの花弁が顔に落ちる。
最期はひまわりのように真っ直ぐ誰かを見つめていたかった。
#15
お祭り
弱くでも、強い色の光をもつそれは、
提灯でした。
7月28日の今日、私は生まれました。
1つの生命が始まると共に光が灯った。
真夏と呼ばれるこの時期は、各地域でお祭りが開かれ、町はいっそう盛り上がっていた。
私はお祭りが好きではないので、毎年家に留まる。
子供や若い者の楽しむ声は、私の耳を痛める。
太鼓が鳴り響き、下駄の音がカランコロンと鳴る。
私の誕生日は、私が主役なんです。
そんなに目立たれると誰も私に気付かない。
友人も少なくはないけれど、皆、それぞれの物語がある。
花火と共に人々の歓声が上がる。
花火だけが私を祝う。
静かに鳴る私は、花火に手を伸ばしました。
来年はお祭りに行ってみましょうか。
#14
追記、誕生日おめでとう。自分。
今一番欲しいもの
あれが欲しい、これが欲しい。
欲求を態度で示せば何だって手に入りました。
猫のように人を惹きつける目、手を入れれば透き通ってしまうような肌、見れば触れたくなってしまう唇。
そんな貴方に見惚れ、貴方が欲しかった。
でも、私には手に入れることが出来ない。
貴方の欲求を満たしても貴方はすぐ他の猫の元に上品に尻尾を伸ばし歩いて行ってしまう。
そして、リブレ オーデパルファムの香水を振りまいている猫に取り入ってしまう。
ですが、私にはその香水は似合いません。
ミスディオール ブルーミング ブーケが似合う私には似合わないのです。
貴方に似合う猫は、私ではないのですか。
私は、純粋な愛が欲しいのです。
けれど、貴方が欲しているものは、ずっと尻尾を振り求愛を求める自分に相手をしてくれる猫なんですね。
貴方が今一番欲しいものは。
#13
私だけ
私だけがいいの。
サファイアの表面がぎらりと光る。
それの周りにはヒトツバタゴを形どって硝子で作られたアーチがかかる。
私だけがいいの。
それを纏うのは私だけがいいの。
それが似合うのは私だけがいいの。
私だけ。
私だけがいいの。
美しいそれを身にまとって快楽にしたるのは、私だけがいいの。
水面に指を少しだけ触れさせるのも私だけがいいの。
美しさを独占して噛み締めてみて。
誰にもこの気持ちをあげたくないはずなの。
私だけがいいの。
私だけ。
#12