滝谷(shui)

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5/6/2024, 9:31:35 PM

【夏】

 終戦の日。
 私は原爆で焼けた母を、まだ、抱きしめられずにいた。

4/20/2024, 12:19:24 PM

【何もいらない】

 「お前の作った物語、つまんねぇよ」
 「どうせ難しいって。時間の無駄じゃん」
 「めんどくせーわ」

 そう言ってネガティブな言葉に引き裂かれた紙。
 僕はそんな骸を見ながら、喉の奥がひりつくのを感じていた。

 目頭が熱い。
 もうゴミにしかなれない、紙を拾う手が震えた。

 言葉は、うまく出てこない。
 どうせ上手くないのなら、もう、言葉なんて、湧き出てこようとしなくていいのに。
 もう何も、やらなきゃいいのに。

 泥だらけに汚れたゴミを拾い集めて胸元に押し付ける。服だけじゃなく、地についた膝まで汚れた。
 その姿が自分にお似合いなんだろう。
 背を丸めながら、息を殺して泣いたんだ。
 もう、誰にも、何にも言われたくなくて。
 

4/13/2024, 12:00:08 PM

【快晴】

「む、むり! それ以上進んだら、落ちて死んじゃうよ!」

 親友の震える声が春風に舞い上がり、晴天の空へ溶けてゆく。
 潮の香りが気持ちいい。
 崖の上でもちっとも怖くなかった。いや、むしろ、絶好の挑戦日和に私は心を躍らせていた。

「大丈夫だよ! アンナの設計なら、絶対飛べるって!」
「で、で、でも! この人力飛行機、もし落ちちゃったらユーリが怪我しちゃうかもだし! そしたら私……」
「きみの可能性を信じて。私は、アンナを信じるよ!」

 親友がメガネの奥で、うぐっと声を詰まらせた。
 わなわなと小さくな手が震えている。きっと触ったら汗ばんでいるんだろうな、と思いながら私は自分のヘルメットを被った。

 私たちは飛行機研究部ーーに、入れなかった学生だ。
 女だから、と言う理由で断られたのだ。
 失礼しちゃうよね。アンナは絶対才能があるのにさ!

 だから。私たちは証明することにしたのだ。
 自分たちで飛行機を作り、乗りこなす事で実力をアピールする事にした。
 何より引っ込み思案なアンナに自信をつけて欲しかった。私は彼女の可能性を誰より信じているからだ。

「安全チェック! ベルトよし、ヘルメット、よし!」
「き、機体に損傷なし。翼の角度チェック、よし。風向きは良好。動力のゴムは十分巻いてあるっ」
「なら行くよ! パイロットユーリ、離陸します」

 潮風に負けじと叫ぶ。アンナが後ろから手作りの機体を押すのがわかった。
 ゴムがプロペラを回し、私もペダルをめいいっぱい漕ぐ。
 自転車よろしく転がり出すタイヤ。
 白に青いラインが入った人力飛行機が、段々と勢いを増す。崖の向こう目掛けて名いっぱい走って行った。

 崖の先へ飛び出した時。最初に感じたのは落下する感覚だった。
 ガクンと下がる視界に背中を冷たいものが駆け抜ける。後ろから悲鳴が聞こえた気がした。
 だが、ごうっとしたから舞い上がる風で、機体も期待も大きく揺れた。上昇気流だ。崖にぶつかり上へと上がる風に乗ろうと、私は必死に舵を切った。

 飛行機は持ち上がった。気流に乗ったのだ。

「や、やったぁ!」

 だが10秒と待たずに、更に強い風に押されて大きく機体が傾いた。水平線が斜めに見える。
 違う、ああ、私が墜落しそうなんだ!
 慌てて体を傾け、機体を戻そうとした。ゴムから手動に切り替え、ペダルを思いっきり踏み込んでプロペラを回す。
 でも起動は修正不能。ドッポーン、と海上滑るように飛行機は落下した。

「ユーリ……ユーリ!!」

 崖の上から親友が叫ぶ声。海に浮かんだ飛行機の上に顔を出すと、私は思いっきり笑顔を作った。
 心臓がまだバクバクしてた!

「みて! 飛んだよ! 10秒くらい! やっぱりアンナは天才だよ」
「ユーリ、それは落ちたんだよ! ……でも、ありがとう。貴方の笑顔は、いつも快晴な空みたいに気持ちいいね」
「ふふふ、アンナと一緒ならどんな挑戦も楽しいからね。自信ついた?」
「うん、ちょっとね。今度はもっと飛べるように改良するよ」
「あはは、楽しみ!!!!」

 やっとアンナが笑うのが見えて、私は大声で笑った。本当は落ちた瞬間、めちゃくちゃ怖かったけど、今日の青空を見たらどうでも良くなった。

 この空が、アンナのためにあったら良いと思う。
 数年前の戦争で燻っていた頃みたいな灰色ではなく、希望に満ちた青い色。
 その青い空をいつかアンナと飛べるなら、私は彼女と挑戦していきたい、そう思えたからだ。

4/5/2024, 2:00:46 PM

【星空の下で】

 暗い空の下、僕は平気だと笑いながら風が吹くたびに少しだけ震えた。
 夜は冷える。春物の上着を持ってはきたものの、桜が揺れるたびに足の温度が奪われる。
 うう。
 それでも痩せ我慢をしたのは、君にカッコ悪いところを見せたくないからだ。
 大人だから寒くないさ。と見栄を切った十分前の自分を叱りたい。

「ね、流星群、見れるかな」

 弟は寒さを感じないのか、夜空を見上げながら白い息を吐いた。耳も鼻もすでに赤い。
 だが、彼は目がキラキラと輝いている。
 まるで夢を見る子供のように。

「もちろん見れるさ。兄ちゃんを信じろよ」
「うん。初めてみるから、見逃さないようにしないと。流れ星に願いたい事があるんだ」

 夜空に飛び立つかの勢いで、気合を入れる弟。
 まるで遠足前日の子供みたいだ。
 絶対早起きしよう、と意気込んで布団に入ってそのまま眠れなくなるやつ。

 そんな弟の願い事には心当たりがある。
 きっと来週行う予定の手術に成功しますように、だ。弟は持病を治す為に腹を切ることになっている。
 放置すると悪いものが体内で大きくなり、治せなくなるからだ。
 つまり腫瘍切除、と言うやつ。

「じゃ、俺も一緒に願ってやるよ」
「え、いいよ」
「そう言うな。ほら、星が流れ出したぞ」

 入院前のマンションの屋上で、流れ星の雨が降る。
 チラ、キラッと瞬いて消える一瞬の輝き。
 いくつも流れてくる様は、地上を生きる人々の営みに似てる。

 輝けるのに、とても短い。

「俺の手術の時に、兄ちゃんが泣きませんように!!」
「ぶっは!」

 叫ぶような弟の願いに、思わず俺が吹き出した。

「だって兄ちゃん、弱虫のくせにすぐ強がるから。今日だってちょー寒いんだろ?」

 弟の言い分に、僕の耳がさらに赤くなる。
 うん、まぁ、ほら? 
 威厳って大事じゃん?

「兄ちゃんは何を願うの?」
「あーそうだな。僕は真っ当な願いにするよ」

 弟の手術が成功して、生意気なところも治ってくれますよーに!
 2人の願いは、静かに流星の輝きの中へと溶けていった。

3/21/2024, 9:01:00 PM

【ふたりぼっち】

暖かな 手を繋ぎ歩む 花見坂

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