【LOVE you】
心置き無く胸いっぱいに、私は愛を吸い込んだ。
ふー、と一息つくと、今度は愛する相手を角度を変えて抱きしめる。ふわっとする柔らかさの先にある温もりに、いつも私は絆されるのを感じていた。
お腹の触り心地がたまらない。
本当に大好きだ。
彼の手も好きで思わずモミモミしていると、少し怒ったのか彼は不機嫌な視線を投げてきた。
「にゃーーっ」
「あはは、ごめんごめん」
けどそんな顔も好き。
猫バカでごめんね。
君の喜ぶ顔を見たくて、猫用お菓子でご機嫌取り。私の指まで一緒に舐められたら、ざらつく感覚に思わずにやけちゃう。
今日も、明日も、君のために仕事を頑張れる。
そこに見返りはないけど。
君は行ってらっしゃいの一言も言ってくれないけど。
「にゃーん」
「うん、気遣ってはくれてるんだよね。ちゃんと休憩もしてるよ、ありがとう」
「にゃうん」
君のために成長したいと思える日々は、私にとっての愛なのだ。
愛する君へ。
「にゃおーん」
「うん! 私も大好き!」
今日もありがとう。
【伝えたい】
とくんとくん と 音がする。
生命の始まりの音。
そしてこれから消える音。
けど、できれば。消えずにこのまま一緒にいてほしい。
とくん とくん。
貴方の優しい心音と、共に歩んでいたいから。
【タイムマシーン】
眩い閃光が、僕の日常をぶっ壊しにやってきた。
ことが起きたのは3年前。
僕がオカルト雑誌を手に、暇していた日の夜だった。
「ーーこの伝説は実在したのだろうか?! タイムマシーンを追い、我々の調査は続く」
「おおお! ……はぁ」
握り拳片手に見ていた番組が終わると、急に無気力感に襲われた。灰色の現実に引き戻された感じがする。
ああ、もう。
僕の日常は退屈だ。
テストとか、運動会とか、そんなものはあるけれど、大体は同じことの繰り返し。得意の物理学は最初こそ熱狂したが、珍しい賞をとったあたりでやり尽くしてしまった気がした。
そんな僕の15年間。飽きた。
僕は刺激を求めていた。それが陳腐なオカルト番組と雑誌でもいい。ムー大陸とか、宇宙人とか、ノストラなんとかの大予言とか、そんなは話に飢えていた。
日常なんてぶっ飛んじまえ。
そう感じて大の字に寝っ転がった時だ。
カタカタと急に床が揺れ始めた。飲みかけのジュースの上で波紋が踊る。
地震か?
いや、なんか変だ。
床や本棚より窓がひたすら忙しなく揺れていた。
まるで空が揺れてるみたいじゃないか、と思った時には咄嗟に窓を開けていた。
その時に見た。光り輝く流星を。
「え……流れ星……?」
青白い霧を噴霧しながら、輝いていた。美しい七色の炎が目の前で地へ向かっている。
あまりにも可憐で時間が止まったように思えた。僕以外も、この流星を見たら同じことを思ったんじゃないだろうか。
夕食を作る母も、仕事から帰る父も、犬の散歩をする友達も、受験勉強していた妹もーー日常に飽きていた僕も。自分の時間がその時だけは止まっていた。
そして、訪れる。
流星がこの街の一番高い丘へ接吻した刹那、激しい轟音と光が高波のように全てを巻き込み、奪い去っていったのだ。
僕の日常と、沢山の命を。
肌を焼くとかそんな感覚はわからなかった。理解不能な速さでエネルギーの波に飲まれたのだ。一瞬で僕は意識を手放した。
僕が次に目を覚ましたのは、3年後のことだった。病院みたいな施設の目覚め。
ああ、鏡を初めて見た時の衝撃は忘れない。顔は原型を留めていなかったから。
僕の思考回路はそこで止まったようだった。立ち替わり人が来て、話しかけたり、調査したり、隕石が何を起こしたのか話したり、していたようだがよく覚えていない。
だが博士みたいな男がやってきて、僕にこういったことだけは確かに覚えている。
やけに背の高い、でも鋭い瞳がギラギラと光っている男だ。
白衣はやけに機械オイルで汚れている。指の爪には鉄屑と薬品が詰まって黒くなっていた。そんな不審な男を信じて見ようとした僕はどうかしていたんだろう。
でも、あの言葉が僕の未来を変えたんだ。
「芳賀さん、俺とタイムマシーンを作ってみないか?」
流星によって変わった世界を取り戻すために。
言葉は意識を動かした。ガツンと歯車が噛み合ったように、止まった時間が流れ出した気がした。
【泣かないで】
もし俺だったら、こんな小説を書くことはできなかった。
そう思い知らされたのは、親友の書いた小説を偶然読んでしまった時だった。
夕日の入る窓際の部屋。そこに親友は住んでいる。
そろそろ帰ろうかという時に偶然見つけた。
何のノートかと思い、何気なくぱらりとめくった先にある文字の世界。
それは、俺にとっては衝撃的なものだった。
こんな緻密で繊細なミステリー小説は読んだことがなかったからだ。直ぐに俺は世界に引き込まれた。
不可思議なトリック。癖の強い登場人物。そして散りばめられた謎。絡み合う伏線の数々。
弟みたいに思っていた彼の、描く世界は魅力的で。
もっと。続きが読みたい。
そう思ってページをめくろうとした途端。
「それは読んじゃだめだ!」
親友に、ノートをはたき落とされた。
すぐさま拾い上げ、彼はノートを体の後ろに隠してしまった。
「……なぁ、これ、お前がかいたの?」
俺の質問に、親友がびくりと震えたのがわかった。
「……は、恥ずかしい、だろ。大人にもなって、小説書いてて。もう、夢を見るようなガキじゃないのに」
「そんな事ないだろ」
大人になって作家になった奴らなんてごまんといるじゃないか。
そう言い返そうとして、止まる。
親友の瞳が、潤んで揺れていたからだ。
「そんな事、あるよ」
なんで? 文字なんて、文字の世界なんて自由なもんじゃないか。
少なくとも俺はお前の小説を、好きだと伝えたかったのに。
俺には書けない、あの物語を。
「そんな事….…あるんだよ」
後悔するような親友の言葉に、俺の心臓が大きく波打った。俺の知らない何かが、彼の奥に見えた気がしたからだ。
何が、彼を、そう苦しませるのだろうか。
俺にはわからないけれど。
「……泣くなよ」
小説を書くことを後悔してほしくない、と。俺は親友に近づいて、その涙を拭って見せた。
【柔らかな光】
「死んだらさ、どんな人だったと言われたい?」
人でひしめき合う葬儀場。
そんな中で、親友が急に言葉にしたセリフに、僕は驚いた。
葬式に来ただけでも初めてだって言うのに、緊張してる僕にそんなことを聞かれても。
「え、考えたことない」
「だよな、俺も」
親友が僕を見て笑う。黒い学ラン姿は中学校でいつも見るのと同じもので、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
僕の初めて参列した葬式は、近所の駄菓子屋のおばちゃんとのお別れの日だった。
小学校に上がる前からお世話になった、身近な大人だ。
お菓子を買うとおまけをくれて。
悲しいことがあると話を聞いてくれて。
褒められたと自慢すれば、しわしわの顔で笑って一緒に喜んでくれた。
……もっと長生きすると思っていたのにな。
がやがやと雑談する周りを見渡してから、僕は親友を肘でこづいた。
「なんだよ、変な質問してさ」
「変じゃないよ。さっき、おじさんが話をてたじゃん。駄菓子屋のおばあちゃんの息子だって」
「ああ、あの人」
「母は誰よりも子供に優しかった、ってさ。話を聞いた時に、ほんとだなーって感じてさ。
俺もそんな言葉、誰かに言ってもらえたら良いなーとか思っちゃって」
親友が指で頬をかいた。
もちろん、僕も親友も死ぬ予定なんかない。
ただ、誰かに『あいつは良い奴だった』なんて思われてみたい……そんな親友の気持ちは、僕にとっては不思議な感覚だった。
そうなんだ、みたいな。
うまく言葉にできないけど。僕にはない不思議な気持ち。
そんな話をしていて、線香を上げる番が回って来た。
見様見真似で最後の挨拶を終えると、亡くなったおばあちゃんの顔が見えた。
柔らかな光を浴びて、幸せそうに昼寝をしている時にそっくりの顔。
それをみて、なんとなく。
なんとなく。
僕も、少し羨ましい気持ちがした。