滝谷(shui)

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【泣かないで】

 もし俺だったら、こんな小説を書くことはできなかった。

 そう思い知らされたのは、親友の書いた小説を偶然読んでしまった時だった。
 夕日の入る窓際の部屋。そこに親友は住んでいる。
 そろそろ帰ろうかという時に偶然見つけた。
 何のノートかと思い、何気なくぱらりとめくった先にある文字の世界。

 それは、俺にとっては衝撃的なものだった。

 こんな緻密で繊細なミステリー小説は読んだことがなかったからだ。直ぐに俺は世界に引き込まれた。
 不可思議なトリック。癖の強い登場人物。そして散りばめられた謎。絡み合う伏線の数々。

 弟みたいに思っていた彼の、描く世界は魅力的で。
 もっと。続きが読みたい。
 そう思ってページをめくろうとした途端。

「それは読んじゃだめだ!」

 親友に、ノートをはたき落とされた。
 すぐさま拾い上げ、彼はノートを体の後ろに隠してしまった。

「……なぁ、これ、お前がかいたの?」

 俺の質問に、親友がびくりと震えたのがわかった。

「……は、恥ずかしい、だろ。大人にもなって、小説書いてて。もう、夢を見るようなガキじゃないのに」
「そんな事ないだろ」

 大人になって作家になった奴らなんてごまんといるじゃないか。
 そう言い返そうとして、止まる。

 親友の瞳が、潤んで揺れていたからだ。

「そんな事、あるよ」

 なんで? 文字なんて、文字の世界なんて自由なもんじゃないか。
 少なくとも俺はお前の小説を、好きだと伝えたかったのに。
 俺には書けない、あの物語を。

「そんな事….…あるんだよ」

 後悔するような親友の言葉に、俺の心臓が大きく波打った。俺の知らない何かが、彼の奥に見えた気がしたからだ。
 何が、彼を、そう苦しませるのだろうか。

 俺にはわからないけれど。

「……泣くなよ」

 小説を書くことを後悔してほしくない、と。俺は親友に近づいて、その涙を拭って見せた。

12/1/2023, 7:13:00 AM