星が溢れていた。
僕はそのあまりにも美しいこの星を誰にも見せたくないと思い、その星を優しく拭った。
その星はどんな星よりも美しく、
どんな星よりも輝いていた。
でも、
この『星』を零している君の笑顔は、
星よりも眩しくて、
太陽みたいだ。
思わず、
僕の目からも
星が溢れる。
私は昔から、空をぼんやりと眺めるのが好きだった。
学校に行っている時も、とりあえずふらふらと歩く時も、家にいる時も、
…そして、今も
ふと、視線を感じた。
暖かいが、とても悲しい、視線。
私はその視線の正体を知っていた。
知っていたからこそ、わざと気づかないふりをして
ぼんやりと空を眺めた。
少しずつ流れていき、姿を変えていく空。
(…私は、あの時から何も変われてない…)
居た堪れなくなり、視線を無視しながら、家へと向かった。
『ただいま』
そう言っても何も返ってこない。
当たり前だろう。
あの人は、私のそばから静かにいなくなった。
私を庇って。
最後まで、優しい人だったんだ。
誰よりも私のことを理解していて、
誰よりも私のそばにいてくれた。
私はそんな彼を愛していた。
彼も、私を愛してくれた。
…でも、愛していたからこそ、彼は庇ってくれた。
唯一の報いだとすれば、彼が苦しまず、安らかに旅立ったことだろう。
(…死んだ人は、空へ昇るのかな…)
いつの間にか泣いてしまった私を見ているその目は、
とても、安らかな瞳をしていた。
私は静かにその場に崩れ落ちた。
どうか、幸せでーー。
凛と美しく咲いている二輪のゆり。
たまに風に揺られ、寄り添うかのように優しく触れる。
「仲の良い」というよりは、「ずっと隣にいる存在」という安心感を感じる。
(きっと、このゆりが一本だったなら、寂しく感じたんだろうな)
誰だって、何だって、「ずっと隣にいる」という言葉は安心する言葉なんだろうな。
たまにふらりと現れるよりも、気づけばそこにいるような存在。
大体の人が、そんな人に救われるんだろう。
(人によるんだろうけれど)
多分、私みたいに。
「水樹(みずき)!おはよ!」
いつのまにか私の隣にいる美奈(みな)。
私が色々と悩んでいる時も、考えている時も、彼女は気づけば私の隣にいて、私を支えてくれた。
おそらく美奈は、そんなことなんて考えてないんだろうけれど。
…ずっと思っていた。
私も、このゆりのように美奈に寄り添いたいと。
彼女が私を支えてくれたように、私も支えたいと。
だから…
『美奈』
「なに?」
ずっと隣で、支えさせて。
(今日もいる…)
ずっと前からこの何もない公園で何かを描いている男性がいた。
そして今日も、また何かを描いている。
私はこの何もない、自然を感じられるこの公園がとでも好きで、ほとんど毎日通っている。
でも、遊具が殆ど無いせいかここに来る人たちはほぼいない。むしろ、この公園を知っているのかさえ怪しい。
(…あの人も、この公園が好きなのかな…)
ずっと何かを真剣に見続けて、たまに手を止めながら何かを描いている。
(この公園の、何を描いてるんだろう…?)
少しでも気になったら行動に移してしまう私は、彼の邪魔にならないよう、静かに近づいた。
彼は集中してるのか、私に気がつくことなく、静かに自身の描いた絵を眺めていた。
少し時間が経ち、やっと私に気がついたのか「こんにちは」と挨拶をし合った。
『何を描いているんですか?』
「あぁ、これです」
その絵は上手いとも下手とも言えないのに、何故か心にグッとくる絵だった。
描かれていたのはこの公園に鮮やかに咲いてある、ハナマスだった。
『…なんだか心にグッとくる絵ですね』
「ありがとうございます。
…この公園、とても美しい花が咲いているんですよね
私はよく花の絵を描くんですが、花を描くとなったら毎回ここの公園に来てしまうんです。
人も少なくて、落ち着きますから」
『そうですよね…
実はここの公園、あまり、というか殆ど遊具が無いせいか人が全く来なくて…
私は、この公園が子供の頃から好きなんですが…』
「あぁ、そう言えば貴方、毎日この公園に来てますよね」
『気づいてたんですか⁈』
「ええ、ここってとても静かでしょう?
だから人が来るとすぐにわかるんです
…と、私はこれから少し仕事があるので
今日は、帰ります」
『…あの!
またよろしければお話ししませんか…?
全然、空いてる時間で大丈夫ですので!』
「もちろん、私でよければぜひ。
…では、また」
穏やかに、丁寧に笑い、この公園が好きだという彼。
また、会えたらもっといろんな話をしたい。
話している内に、もっと彼のことを知りたいと思った。
…私はどうやら、彼の絵にも、彼自身にも惹かれてしまったようだ。
次会えたらまたーー。
俺は、自分の人生を、つまらないものだと思っていた。
『幸せな人生って、なんなんだろうな?』
「幸せな人生?」
『そう。幸せな人生。
お前頭いいからさ、わかるかなと思って』
「うーん…平穏な日々を送れることじゃない?」
『平穏な日々?』
「いつも通りのことができること、とか?」
『…?それって幸せって言うのか?
つまらないし、くだらない、ただの日常なのに?』
「そうだよね。つまらないのに、くだらないのに不思議な程に幸せだって思えてしまうんだ。
だって、いつ、どこでなにがあるかも分からないんだよ?もしかしたら、命さえ奪われるのかもしれない。
そう思えば、つまらない、くだらないことができることって、すごく幸せで、素敵なことだと思わない?」
『なるほどな…
じゃあ、今この話をしているのも、「つまらない、くだらないこと」なのかもな』
「ふふ、そうかもね」
大人になった今でも思い出す。
本当に、俺は幸せ者なのだと。
あの話をしてから俺は、いつも通り、普段の日常をあい変わらず送っていた。
変わったとすれば、そんな日常を今でも幸せだと思えるようになったこと、か。
…あいつも、平穏な日常を送れてるのかな?
最近は忙しくて、全く会えていなかった。
そんな時、スマホが鳴った。
慌てて鞄からスマホを取り出し、着信のあったラインを開いた。
お前の方が、忙しいくせに。
貴重な時間を俺に使うなんて。
でも、お前ならこんなことに時間を使うのにも、幸せだと、平穏だと言いそうだな。
…今日はいつもより仕事を早く終わらせよう。
「久しぶり、今日時間ある?
もしあれば、またあの頃と同じ、つまらない、くだらない話をしよう。」
あのつまらない、くだらない平穏な日常の話を。