「ドッペルゲンガー」
「ドッペルゲンガー」
この世界には同じ人物が3人いるといわれている。
そしてもう一人の自分と出会ってしまったら...
きっと死んでしまうだろう。
正しくは分かっていない。
ただ、伝説にある程度。
でもこの世にはゲンガー屋というものがある。
職業でもない。ボランティアでもない。
ただゲンガー屋に出会ってしまったら死んでしまう。
簡単に言うと殺し屋。
自分の不幸を呪い他者の幸運を呪う。
自分の不満をぶつけ、いつもの日常に戻るために
人を殺す。そんな奴ら。
ただの死にたがり。
そしてあの娘はゲンガー屋。
今日も自分を隠すため人を殺める。
あの娘は屋敷に忍び込む。
この大きい屋敷には小さな娘がいるらしい。
お金持ちで家族に愛されているらしい。
詳しくは知らないがただ恨めしい。
だからその娘は窓を割り、3階の一室に潜り込む。
なかなかに大きな音を立てて入り込んだが、
誰も来る気配はない。
それどころか誰一人いないような...
「だぁれ?」
まだ幼くて弱々しい、でも芯はある。
そんな声。
部屋の扉の前でこっちを向いた小さな娘がいる。
小さくうずくまっていて立ち上がり逃げ出そうとしない。
私のことが"見えていたら"とっくに逃げたしているはずだ。
もう一つ異変に気が付いた。
目がいっこうにあわない。あわせようとしていないのか見ることを諦めたのか。
おかしい。どこかで見たことがあるような顔。
...大きさも年齢も生活も違う。
でも一度だけ母に見せてもらった私のアルバムの
私の姿にとても、いや同じなのだ。
ドッペルゲンガー?
頭に過った。でもならなぜまだ生きているのか。
一つ可能性があるならば、あの娘は目が見えていない
のかも知れない。
お互いが存在を感じて自分と同じものだと認識するまで死なない。そんな可能性がある。
この屋敷にはおそらくこの子意外に人はいない。
もし、もしもだが彼女の目が見えていなかったら。
家族に愛されず使用人すら与えられなかったなら。
納得出来る、全てが繋がる。
恐る恐る彼女に近寄る。
目は変わらず動かない。
いきなり目の前に掌を近づけてもなにも反応しない。
「どうしたの?」
私の頬に優しくて暖かくて柔らかい手のひらが触れる。
「血?」
おそらく窓を割ったときに皮膚がきれたのだろう。
あの娘は少し動揺して、触るのをやめて立ち上がった。
「絆創膏。もってくるからね」
いま確定した彼女は目が見えていない。
手を前に付き出してぶつからないように歩き出した。
私は急いであの娘を止める。
「大丈夫。大丈夫よ」
なるべく優しい声で声をかける。
「よかったぁ」
安堵したのがとても伝わる。
こんなにも優しい人がこんな所にいたんだ。
彼女の目は何一つ機能していない。
でも私の目はまだ見える。
まだ泣ける。きっと家族に見放され愛を知らない
この子は泣くことを知らない。
だから私が教える。私が代わりに泣く。
いまだって私の頬を伝う涙を必死に拭いながら
「大丈夫?大丈夫?」
ってきいてくれるこの子を守るためなら
私はいままで殺しに使って来たこの無駄な力を
守るために使ってやる。
私のドッペルゲンガーでもこの世界に一つだけのこの
すぐに消えてしまいそうな小さな花を守ってみる。
いや、守って見せる。
これは今後世界に名を残す、目の見えないご令嬢と
ご令嬢にそっくりなメイドの最初の物語。
「ドッペルゲンガー」
「雨音に包まれて」
「雨」
冷たくて、冷たくて。
僕の心を想いを全て凍らせるにはちょうどいい
温度で。
苦しい時の事も嬉しい時の事も、
全てを忘れさせてくれる。
もう僕は十分この雨に色んなものを奪われた。
だから...彼女の事は奪わないで。
いや、奪わないで欲しかった。
「雨」
暖かくて、優しくて。
私が置いていったあの人を慰めるのには
ちょうどいい柔らかさで。
あの人に私との思い出も、私の言葉も声も全て忘れて
新しい一歩を踏み出さしてあげて。
あの人はもう十分苦しんでくれたから。
私のことを想って涙を流してくれたから。
だからどうかあの人の記憶から私を奪って。
さよならは、誰かが言わない限り訪れなくて
誰かが言ったらすぐに訪れてしまうほど近くて
遠くて。
不思議なもの。
あの日雨が降っていなかったら?
僕が家に泊めていたら?
本当に少しだけでも話していたら?
僕が彼女を家まで送って行っていたら?
後悔。なんてしても意味がない事ぐらい少し考えたら分かるのに。
どれだけ考えても、考えると考えるほど
自分が嫌いになってちゃう。
あの日、君と遊び...デートに行って帰ってまた
明日って笑って別れて。
寂しかったけど困らせないために引き止めずに
見送った。
その日の次の日。
一度だけ声を聴いた。
電話越しに聞こえた彼女に彼氏と電話しているのか
茶化した声。
彼女の母さんの声。
消えてしまうくらいかすれた痛々しい声。
強くてどっしりとした父さんの声。
そんな声で彼女が天に旅立ったと聴いたとき。
信じられなくて。嘘だと本気で思っているのに
なぜか静かに。たくさんの涙が止まらなくなった。
滝って言葉が似合わないくらい静かな涙。
でも暖かい涙のはずなのに。
真冬みたいに冷たい涙だった。
お葬式。
体を焼いて。
骨を詰めて。
涙を枯らして。
声をあげて泣いて。
雨が降って。
僕を濡らして消えていく。
この雨が本当の雨かどうか。なにもわからない。
でも一つだけ言えることは、僕はこの雨に救われたって事ぐらい。
僕の涙を隠してくれて。
僕に笑っいて欲しいって言ってくれた彼女から涙を隠してくれてありがと。
この雨ほ優しくて暖かくて。
まるで君の胸のなかにいるみたい。
冷たいはずの雨が君みたいだっ想ったのは
君に対して失礼になっちゃうのかな?
だけど今は雨だとしても昔みたいに
君に抱き締めていて欲しいんだ。
「雨音に包まれて」
「恋か、愛か、それとも」
貴方が消えたこの世界に残ったものは
貴方への恋心?貴方への愛?
それとも私を置いていった事への不満?
愛していたわ。
結婚。...してないけど。
恋人。...でもないけど。
貴方への恋心は本物だった。
だから貴方が誰も自分を愛してくれないんだって
笑って泣いて、痛々しい貴方を見るのは辛くて
辛くて胸が傷んだ。
あの時私が貴方を愛しているって言えていたら
貴方が空を舞う事はなかったのかもしれないわね。
まだ私達は子供なの。
足りないもの。足りない知識。
そんなのなんにも分からなくって。
貴方が舞ってから気付くなんてね。
酷い話だわ。
貴方が空を舞った日私、貴方を初めて綺麗だって想ったの。
失礼だとは思うけど、綺麗だった。
辛いことも嫌なこともやりたかったことも夢も全て
捨てて最後に全力で笑っていたの。
でも不思議といつもの大きな体が小さく丸まって
見えたのよ。
ごめんね。
ごめんなさい。
愛しているって、大好きだって。
私は貴方を抱き締めていたいって、この世に留めておきたいって。
言ったらよかった。
まだまだ行かないで欲しかった。
私を置いて逝かないで欲しかった。
そんな不満。
後悔。自己嫌悪。そんなものはとっくに消えた。
今でも残っているのは、私を置いていった事への不満
恋か愛かそれとも不満か。
こんな不満はいつかは忘れてしまいたい。
大っ嫌いな記憶は消してしまいたい。
...でもいつかは消えてしまうのでしょう?
だったら未来は、いつかは。
大切な記憶として消えていって欲しい。
そうなるように、願っている。
そのように祈っている。
「恋か、愛か、それとも」
「君の名前を呼んだ日」
「晴仁」
優しく握った手。
私の指をそっと握ってくれた手。
ちっちゃくて柔らかくて産まれてきてくれて
直ぐの私達の可愛い子供。
たっくさんの案が出て、悩んで悩んでやっと決めた、
この名前。
これからも大切にして欲しいなぁ。
こんなに小さくていいのか心配になるけど
これからどんどん大きくなっていくらしい。
男の子だから私の背なんてすぐに抜かすかな。
いつか大切な人ができて挨拶に行くのかな。
私達が死んだとき一番に悲しんでくれるかな。
何よりも大切にして欲しいのは貴方の命。
ずっとずーっと生き抜いて、悩んで泣いても立ち上がって前を向いて歩いていって欲しい。
...まぁその前に私達がこの子を立派に育てないと。
パパとママがお手本になれるように立派な背中を見せていかないと。
保育園に行ったら絵を描いてくれるかな。
絵がへたくそでもいいから描いて欲しい。
晴仁にどんな困難があっても包み込んであげないと。
とにかく生きていってね。
晴仁って名前にはどんなに世界が暗くなっても冷たくてもいつか必ず春が来て明るい世界になる。
そんな意味が込められているからね。
見守っているよ。
私達の可愛い晴仁。
「優しい雨音」
消えちゃうぐらい小さな声で。
忘れてしまいそうな細い声で。
...別れをこの世から消えてしまった事実を告げる
辛くて痛々しくて聴いていられないくらい苦しそうな
君の両親を俺はどうするのが正解だった?
暖かく声をかければいいのか。
俺を自分達の娘を最後まで守り抜けなかったと、恨んでもいいような人達に。
残念でしたね。って
声をかければいいのか。
それは、失礼なんじゃないのか。
自分も悲しんでいると、告げればよかったのか。
それは、自分勝手じゃないのか。
なんにも分からなくて、なにも言うことが出来なかった。
いつものように家でダラダラしていたら、電話がかかってきた。
彼女の両親だって言う。
沈黙が続いて、しばらくたってようやく聴こえてきたのは鼻水をすすって居る声で、異変にはすぐに気がついた。
途切れながら、一言ずつゆっくりと。
君がこの世から消えた事を告げる言葉は
重くて、でも電話で告げるには重すぎて。
家の外から聴こえる冷たくて暗く、強い雨音は
まるで自分が打たれていると思うほど大きく近く聞こえて俺の、俺達の心を凍らすには十分だった。
告げられてからしばらくして沈黙が再び訪れた。
電話の奥から聴こえる雨音が彼女が居ないことを肯定しているようで本当に彼女はもう居ないだ。って
自然な気持ちで想った。
なんだか急に心が落ち着いた。
本当に辛いときこそ冷静になるということは本当だったらしい。
そんな沈黙の中でも彼女の両親のすすり声は聴こえてきて。
俺はなにも言えなかった。
そうですか。もなんだか違うし。
残念でしたね。もなんだか違う。
迷って迷ってもなにも浮かばなかった。
というか考えられなかった。
君と居るうちに俺の考え方も感じ方も変わった。
別にだからじゃないけど中々俺にはなにも分からなかった。
それからしばらくたって彼女が交通事故で亡くなったことも。
運転手が飲酒運転をしていたことも分かった。
受け入れられるようになった。
彼女の事を想って夜に一人で泣くことも少なくなった。だからといって彼女のことを忘れたわけじゃない
覚えているからこそ、泣いていてはいけないと思ったんだ。忘れないように色褪せないように大切に大切に
心のなかに閉まって置かないと、と思ったんだ。
雨ってものは冷たくて暗いものだ。
でも雨は人を救うことも、涙を隠すことも出来る。
それに雨は暖かく優しいものもある。
そんな雨に打たれるのは心地いい。
俺の俺達の心を溶かすにはぴったりだと思うだろ?
雨は人を救える。涙をあの世から隠すことだって
出来るだろう。
「優しい雨音」