「空に溶ける」
溶けたおいしそうなチョコレート。
暖かい愛情のこもったミルク。
ミルクを混ぜた濁った紅茶。
幸せを詰め込んだ暖かいお家。
大切で唯一で大好きな暖かいお父さんお母さん。
思いっきり甘えられるお姉ちゃんお兄ちゃん。
...消えちゃうぐらい幻みたいな私の夢。
いや。私の大切な記憶。
世間が言う大人ってものになって、ちょっと経った。
高校を卒業して、必死に勉強して大学に受験した。
なんとか受かってバイトをしながら通う日々。
一人きりになって、未来が見えなくて辛くて苦しくて真っ暗だった私の世界から私を救いだしてくれた
施設のお母さん。
お金も出してくれて誰よりも大学受験を応援してくれた。
今だって楽しくて大切な日々。
でもお布団に入って、暖かい気持ちになったら
嫌でも思い出しちゃう。
怖くて眠れなくてお姉ちゃんの部屋に忍びこんだ日。
お母さんにホットミルクを入れてもらった夜。
お父さんのいびきがうるさくて腹が立った日。
お兄ちゃんが遅くまで勉強していて、お母さんが
心配していた夜。
思い出したら切りがない記憶に、止まらない涙に
溺れて消えたくなる。
そんな私を扉の前で心配そうに立ち止まる今の
お母さん。
心配なんてかけたくないのに。
覚えていたい記憶なのに。
大好きな人達だったのに。
どうして消えてしまったのか。
どうして私を置いていったのか。
分からないことばっかりなのに、私にとっては大切で忘れてしまいたい記憶で。
どうしたら良いのか分からないことばっかりで。
空を見たら、思い出す。
あの楽しい日々を覚えていたくなる。
溶けて消えてしまいたくなる。
ずっとじゃなくても良いから少し。少しだけ
空へ溶けてしまってもいいのかな?
どんなに悩んでいても答えはでないから。
それならばいつか消えるその日まで大切にしたいものを覚えていたい。
どうせあの世に行ったら忘れてしまうなら。
今だけでも覚えていさせて。
暖かい日差しは、木漏れ日は私の心を溶かすのに
ぴったりだ。
そう。思いませんか?
「まって」
ねぇ待ってよ。
ねぇ待ってよ。
私を一人にしないで。
ずっと一緒って約束、したのに。
なんでみんな消えちゃうの?
私を置いていかないで。
よく夢をみるよ。
いい夢。あの頃の、皆が居たあの頃の夢。
でも悪い夢もいっぱい見るんだ。
皆が私に背を向けて歩いて行くの。
私は後をついて行こうとするんだけど、
お前は来るなって怒られちゃう。
皆がまだ私の側に居てくれたら
愛せる人が出来ているかな?
私にとっても新しい家族が出来たのかな?
同じ施設で育った兄弟なのに。
今は一人になっちゃった。
お兄ちゃんもお姉ちゃんもだぁい好きな皆が
消えちゃうの辛くて思い出すと心からギシギシって音がするの。
どこにも行って欲しくなかった。
ずっっと側に居て欲しかった。
まだ待ってて欲しかった。
分かってるよ。
もう合えないんだって分かってる。
あの日施設に知らない人が来て、お兄ちゃんが私を押し入れに押し込んだ。
お姉ちゃんは私に絶体喋っちゃ駄目だって言うの。
かくれんぼだと思って楽しかった。
でも皆すぐに見つかっちゃたのかな。
みんなの悲鳴が聞こえて来たの。
そんな中、おかしな事があったの。
押し入れの隙間から暖かいねっとりした液体が入ってきたの。
誰か怪我をしちゃったのかな?
鉄臭い匂いがしたんだ。
皆が死んじゃったんだって、分かったのは何年もたって中学三年生になったときだよ。
大きくなって受け止められるようになるまで皆黙ってたんだって。
あの日皆に一緒に隠れようって言ってたら。
あの頃の私がもうちょっとお姉さんで、電話をかけられたら。
後悔なんて飽きるほどしたんだ。
私を置いていった皆は幸せだったのか。
置いていかれた私が幸せになることが出来るのか。
なっていいのか。
...分かってる。
皆はそんなに私を恨んでないって。
だからまだ私はこの世に居られるの。
暗い世界だけど皆が生きたかった世界だって思ったらまだ明るく見えるんだ。
でも今だけあの頃に戻れるなら、一言我が儘を言ってやりたいな。
置いていかないでって。
一人にしないでって。
待ってよぉって。
言いたかったなぁ。
逢いたいっていいたいなぁ。
「手放す勇気」
幸せを手放す勇気はある?
命を手放す勇気はある?
未来を手放す勇気はある?
怖いな。苦しいな。
でも貴方がいない世界を生きる勇気はない。
貴方を手放す勇気はない。
だから私は貴方に託して消えるんだ。
私の名前は親が私を想ってつけてくれた。
だから私も自分の子にぐらい名前をつけてあげたかった。でももう無理なのね。
名前がないからって愛されていなかったなんて勘違いしないように、ちゃんとちゃんとあの娘を見守っていてね。
先に行くわ。
愛しの貴方。
私とあの人の可愛い貴方。
妻が消えてからどれほどたったのか。
...いや、消えたんじゃない。殺したんだ。
他でもない僕が。
僕が守りたいと想うのは貴方だけなのに。
貴方を守れなかった。
逆に僕は助けられた。
悔しい。申し訳ない。
でも、その前に僕は僕が憎くて仕方ない。
酷い話しじゃないか?
僕は僕を責める事は出来るのに、彼女は僕を責める事は出来ない。こんな世界はおかしいのかな。
でも僕はこの世界が大好きだ。
君と僕が出会って、未来を誓い合って。
子宝に恵まれて。僕はあの娘と共にまだ生きられている。
貴方の元に逝きたいって何度も願った。
でもその度に踏みとどまれたのは、間違えなくあの娘のおかげ。
あの娘に名前をつけたいって何度も言っていた貴方は名前をつけられなくて、申し訳なくなってしまっているのかもしれない。
だけど君の分僕は愛を込めて名前をつけた。
でも僕じゃ君みたいにうまく子育てする事も出来ないし僕じゃ君の分まで愛せない。
でも、僕は僕なりに頑張っているつもり。
あぁそうだ名前を決めたんだ。
君が気に入ってくれるのか心配だけど何度も何度も考えたんだ。
「笑紡」えな
僕なりに頑張ったつもりなんだけど。
微妙だったかな。
一応由来もあるんだけど
ずっと笑顔で居られるようにって。
自分の命を回りの命を紡いで居られるようにって。
幸せを紡ぐ言葉を紡げるようにって。
どうかな?
君がどんな名前をつけようとしたいたのかは分からないけど僕はこの名前がこの娘、笑紡にぴったりだと想ったんだ。
君が僕をかばって事故にあった時は本当に酷い気分だった。
でも、君が産んだ笑紡を一目見たとき少し心が軽くなったんだ。
もしかしたら君は僕に出会わなければもっと長生き出来たのかもね。
でも僕はきっと君に、笑紡に出会わなかった世界で
生きる勇気はないと思う。
君に合えてよかった。
気長に待っていて。
いつかは必ず君に会いに行くから。
その時は君の暖かい手で僕を抱き締めて。
そのときまで、バイバイ。
僕の最愛の彼女さん。
「記憶の海」
ピ...ピ...ピ...ピ...
ここはどこでしょうか?
どこかの病室?
お薬の匂いが鼻を掠めます。
お花の良い香り。
周りを見渡すと色とりどりの花が飾られています。
看護師さんが慌てて外に出ていきました。
するとすぐに、お医者さんと私の両親が病室に入って来ました。
入ってくるなり、母さんは私に記憶はあるのか聞いてきました。
何を言っているのでしょうか。
私にはしっかり記憶があります。
私の名前は、神崎葵。23歳。
ちゃんと覚えています。
母さん達は何か話しています。
たまに「紅」と言っています。
私は母さんに紅と言う人は誰なのか聞くことにしました。
母さんは一瞬驚いた顔をして、すぐに少し明るい顔をしました。
母さんは私に優しく語りかけてくるような声で私に言いました。
「紅くんの事は自分で思い出しなさい。」と。
私は意味が分かりませんでした。
紅とは誰なのか。
でも、目が覚めて想っていたことがあります。
沢山の花のなかで、桃色の一つだけ懐かしいような寂しいような香りがする花があるのです。
ある程度回復し、退院をしました。
私はなぜか心に穴が出来たかのようで、ぼーっとしてしまいます。そこで散歩に出掛けることにしました。
公園の前を通った時、小学4年生位の男の子が話しかけてきました。
「お姉さん知ってる?海っていうのはねぇ、蒸発するんだよ。でもね海は無くならないんだー。蒸発しても雲になって雨になって、川になってまた海に戻ってくるんだよ。」
男の子は話し終えるとすぐにどこかへいってしまいました。
でも、私は少し納得したような気がしました。
海の話は誰もが知っている事ですが、私はなぜか記憶は海のように消えてしまっても帰ってくる。
そう思いました。
僕には結婚を約束した人がいました。
僕は彼女のご両親にもご挨拶に伺いました。
もう1ヶ月もしたら式をあげる予定でした。
でも、僕は彼女を守る事が出来ませんでした。
彼女は交通事故に巻き込まれました。
僕はそこに居合わせました。
僕は彼女を守れなかった。
頭へのダメージが大きく、記憶が消えてしまってもおかしくない。と言われました。
僕は彼女から離れることにしました。
だって、僕は守れなかったから。
僕にあって事故の事を思い出すと傷ついてしまうと思いました。
それに、なにも出来なかった自分はかっこが付かないので。
ご両親にこの事を話すと、渋々わかったとおっしゃいました。
僕は彼女に会いに行きました。
もちろん目は覚ましてしませんでした。
恐らく僕は彼女の元を離れたくなかったのでしょう。
この時、目を覚まして欲しいと想いました。
最後に桃色の花を置いていきました。
僕と彼女の好きな花です。
プロポーズをしたときもこの花を渡しました。
僕は病室を後にしました。
目を覚ましてから一年ほど経ちました。
未だ「紅」のことは思い出せません。
今では散歩をすることも習慣になりました。
明るい日向が、暖かい木漏れ日が私の心を落ち着かせてくれます。
そろそろ家に帰ろうかと角を曲がりました。
すると懐かしいような香りが鼻を撫でました。
どこかに居る気がするのです。
久しぶりに走りました。
「紅」が居る気がするのです。
「紅」の顔は分かりません。でも、見たら思い出す気がしたんです。
香りが強くなった頃、私はとある男性に抱きついていました。
彼は驚いた様に「葵?」と口にしました。
私は彼の背中に顔を埋めて言いました。
「紅逢いたかったよ」って。
なんだか記憶が帰ってきたようでした。
彼と過ごした記憶があります。
私、ここまで帰ってこられた。
ただただ嬉しかった。
貴方に逢えてただ嬉しかった。
これは子供によく話す
私と夫の結婚する前のお話です。
「ただ君だけ」
僕が愛すのは君だけ。
僕が守りたいと想うのは君だけ。
君を幸せにするのは僕。
だからどうか行かないで。
「死にたい」そう告げたのはいつだった?
死にたいって聞いたとき僕は君がどういうつもりなのか分からなかった。
慰めて欲しいのか、かまって欲しいのか、助けて欲しいのか、本当に疲れて死にたいのか
僕は分からなかったな。
正直僕は死にたいって気軽にいう人が何というか、
苦手だった。
だって本当に死ぬ気がないのに回りの人に死にたいって言っても困らせるだけだから。
僕だって消えたいときぐらいあるけど、ここまで生きてきた。
だから君も少し疲れて、死にたいってついこぼしてしまっただけだと思ったんだ。
けど、それがそもそも間違いだった。
気が付いたときにはもう手遅れだったんだね。
言い訳みたい?
言い訳だから、仕方ないじゃないか。
僕はどうしたら良かったのか今でも考える時があるよ。
もしあの時、君を引け止めていたら?
理由を聞いて真剣に向き合っていたら?
いっそのこと、一緒に死のうと言っていたら?
もう巻き戻らない。
分かっていても君を考えている内はまだ君がこの世に居たときみたいに、君の側に居るみたいで辞められない。
もしかしたらこんな僕を見た君は、怒ってまたいい人を探せなんて想うのかな?
僕が愛すのは君だけだって分かっているくせに。
性格の悪い奴だ。
まぁそんな君を心から愛したのは他でもない僕だ。
少し、君が怒ってしまうような事を言うけど。
僕は君と行きたかった。
ずっとずっと君と生きたかった。
一人置いていかれるくらいなら僕も逝きたかった。
...まぁそんなもんだ。
愛した人を死なせる男が想うことは、大体一緒だ。
君はとても性格が悪い。
こんなところに一人置いていって。
一人で泣いている僕を置いていって。
こんなに苦しんで居るのに僕に逢ってくれなくて。
本当に酷い。
でもそんな君を愛した僕はバカだったのかもしれない。
でも僕はそんな君もこんな僕も、大好きだった。
とても、幸せだった。
そんな気がする。
ただ一つ君に声を掛けられるなら。
逝かないで欲しかった。って言うのかな。