ki

Open App
9/6/2023, 11:13:55 AM

「貝殻」

君が、海に行ったらしい。そう聞いたのはいつだったか。
海はどんなところなのだろう。青くて、広くて、綺麗で。
誰かから、どれだけきいても、不思議と想像ができなかった。
ただ、そんな話を聞いて、ぼんやりと、いつもと変わらない景色を眺めていた。


僕は、家から出たことがない。小さい頃からだ。
出た記憶は、ほとんどない。
病院に行ったことがない。学校に行ったことさえ。
近所の人の名前も、顔も知らないし、会ったこともない。

僕は、足に障害がある。歩けない。走れない。学校にも行ったことがない。どこかに、行けたことが、ない。

見たことのあるのは、会ったことがあるのは君と、家族だけ。そんな生活を、何年も、何十年も過ごしてきた。
とうの昔に慣れてしまっていた。


最近聞いた話だ。君が海に行ったと。
海は画像で見たことがある。青くて、広くて、キラキラとしていて。
それでも、空とは全く別の綺麗さ。不思議さ。そんなものがその画像から伝わってくるようだった。

どんな感じなんだろうか。海は本当に青いのか? 砂浜は暑いのか? 広いのか? 水平線なんてものも、見えるのか?

僕も、行きたい。そんなことが一瞬頭によぎる。けれどそれは、学校にも行けない僕には、無理なことで。どうあがいても一人で行けない僕には、無謀な考えで。

窓の外を見る。何もない景色を、雨が濡らしていく。日もない、月もない。ただ、暗い空だった。

数日後、君が家にやって来た。海に行ったよと話すつもりなのだろう。顔はいつもより自信自慢に満ち溢れて見えた。

『貝殻を拾ったんだ』
君は開口一番に、そういった。
「海に行ったんだ」「最近、どこに行ったと思う?」そんな言葉よりも、先に。
そのあと、海に行ったんだよね、と呟くようにして付け足した。

貝殻は綺麗だった。色々な種類の貝殻を拾ってきたらしく、全てが違う色、違う形だった。僕には見たことのないものばかりで。

君はわざとらしく、一つの貝殻を手に乗せ、僕に差し出した。どう? と聞くように。

白色の貝殻だった。平べったくて、小さめな。
『綺麗だよ』ため息を吐きながら、そう誉める。すると、君はふて腐れたようにして僕を見つめた。

なんだろうか。分からなかった。
しばらくの間、無音の押し問答が続いたが、静かに君は笑った。

『これ、耳に当ててみて』
そう言って、きみは物を耳に当てるジェスチャーをした。

不思議に思った。だが、恐るおそる君の手に手を伸ばし、貝殻を取る。
そして、耳に静かに当てた。
君は、面白おかしそうに、笑っていた。

海の、音がした。聞いたことも、見たこともないけれど、瞬間それが海の音だと分かった。
スー、ザザザ。スー、ザザザ。繰り返されるような音がどうして鳴るのか、なんてそんなことはどうでも良かった。
そこには、海が広がっていた。

静かに太陽に照りつけられ、それを跳ね返す海。
白く泡立ち、波がその泡を砂浜に打ち付ける。
そんな情景。そんな景色。ここにはないはずなのに、はっきり、くっきり認識できた。

『どう? その貝殻』
不意に声がした。その声が波紋のように広がり、見えていた風景はさざ波のように消えていった。
不思議と欲は湧かなかった。

素晴らしかった。
こんな貝殻でも、僕が知らないことを教えてくれるなんて。
こんな綺麗なものがあるなんて。

窓の外を見つめる。相変わらずの雨だ。
変わらない景色。変わらない毎日。
一つ。変えてみたかった。

でも。それよりも。

海が、見たかった。経験したかった。
たとえ、入れなくても。歩けなくても。

『君と、海に行きたい』

微かに、潮の匂いがした。

9/5/2023, 8:25:08 AM

「きらめき」

『着いた』
君は笑顔で、嬉しそうに僕を呼んだ。
僕は同じくして君の背中に向かって言った。
『着いたね』
君はちょうどよい石を椅子代わりにして、座る。
僕も、その隣に座った。
目の前には山と、大きな月が映っていた。


『山に登りたい』
そう言いだしたのは君だ。
僕の用事も聞かず、一緒に行こうといつも言う。
僕は山に登りたいわけがないと言うのに。

でも、嫌だ。そうは言い出せなかった。
だって。
『今日が、最後だから』
そう、悲しそうにいう君を見ていたら。
そんな風には言い出せなかった。


『凄いね』
君はおどけた様に、笑った。
当たり前だ。僕はこんなにも荷物が少ないのだから。
流石に最小限のものは持ってきた。それだけだった。
肩掛けカバンをさげた、友達の家に遊びに行くレベル。
君は何が面白いのかひとしきり笑った後、『行こうか』そう、優しく笑った。
太陽は、西に傾いていた。

初めて登る山は、予想以上に険しかった。
ところどころにある大きな岩。
ある程度舗装されたとはいえ、急な上り坂。
僕はゼイゼイ、ハアハアと息を巻きながら山を登り続けた。

当然、話す余裕なんてなかった。
なのに君は楽しそうに、話しかけてきた。
『どう? 初めての登頂は』
『ねえ、あれカブトムシじゃない?』
『すごいなあ。この樹』

いつもより口数は少なかったものの、心底羨ましかった。

こんな時でも、笑っていられる君が。
辛い時でも、楽しそうにしている君が。


山頂に着いた。
静かに、水を飲む。なにも考えられなかった。
疲れた。帰りたい。そんな思いだけが頭を渦巻いていた。
暗かった。太陽は、何処を向いても見えなかった。

『ねえ、あれ』
数分ほどした後、君は静かに指を差した。
疲れていたにもかかわらず、自然と、視線が動いた。

星が見えた。綺麗な星。
静かに二人で感嘆の声を漏らす。
ゆっくりと被りを振ると、どこを向いても星が見えた。
満天の星。
山奥で見る星はいつもとは違って見える。

君と、いつもより大きな月の光に照らされる。
星屑たちは、小さく、地に落ちてくる。
静かに、次々と。

『今日はペルセウス座流星群が見れるんだ』
そう君と、行こうと誘われた。
本当に、肉眼で見ることができる。
キラキラと、一瞬で。落ちては消えていく。
そっと、それを君と、君の隣で見続けていた。


『流れ星は、空気の層に屑が落ちてくるから見える』
いつかの君の声が聞こえた。
一緒に勉強していた時だったか。もう、いつか分からないほど遠い日のこと。

『綺麗だよ』
あの日山に登って君と見た流星群。
もう、一年もたってしまった。
君とは、それ以来あっていない。

もうすぐ、あの流星群が見える。午後10時。
君はこの空を見ているだろうか。

一つ。星屑が流れてきた。
きらめくさまを見せびらかすように。一つ。二つ。

このきらめきが来年。君と。

見れるといいな。
そう、思った。

9/4/2023, 8:04:51 AM

「些細なことでも」

なにかが欲しかった。
少し、小さいことでいいから、色が欲しかった。
何も見えない白黒の景色に、色を付けて欲しかった。
ただ、それだけだった。


人生は平坦なもの。
それを自覚したのは、自分の周りに刺激がなかったからなのだろう。
ただ、酸素を吸って、二酸化炭素を含んだ空気を吐き出して。
そうやって、ただただ、生きていた。
生きている、だけだった。

つまらなかった。
なにも、楽しくなかった。
授業に出て、勉強をして。
休み時間は何をするでもなく、ボーッとして過ごす毎日。
そんな人生を送っている者の人生が、平坦でなくてなんと言う。
恋もしたことのない、彼女もいない人間に、「人生が素晴らしいものだ」と言えるわけがなかった。

白黒の毎日だった。
全てを眺めるだけの日々。楽しさも嬉しさも、なかった。
普通を過ごしているだけ。社会というくくりの中を生きているだけ。
それだけだった。

欲しかった。楽しさも、嬉しさも。
白黒じゃなく、色が欲しかった。
昔の写真のだって、白黒に見える。
けれど、その思い出にはきちんとした色があるように。

別の色に染められるだけで良かった。
無機質な僕を誰かに染め上げて欲しかった。

欲望であり、願い。

でも、そんな願いは君に変えられてしまった。
僕は君に、染められたんだ。

ある日の休み時間。次の授業の用意をしていた僕に、君はなぜか、やって来た。

『こんにちは』
ただただ唖然とした僕に、君は昔からの友達のように話しかけてくれた。

『ここが、主人公の気持ち。情景から読み取って』
『ここは三倍して。そうすれば綺麗に円になって、大きさが求まる』
『星は等倍によって明るさが変わり、色は温度によって、変わる』
『確か、ここが石油No.1だったと思う』

最初は迷惑がってしまったけれど、本当はとても嬉しかった。楽しかった。

初めて景色に色が見えた、気がした。

『白ってね、何にも染まれないんだ』
急に君は言った。
何を言っているんだろう。そう思った。

『白に赤をたせば、ピンク、もしくは赤になる。それは、赤が白に染まっているだけ』
確かにそうなのだ。赤と白を足せば、白の面影は、どこにもない。
ただ、色の付いた赤が残る。

『でも逆に言えば、色同士、少しでも混ざれば変わってしまうと言うこと』
『赤にほんの少し、白を足しても、色は変化する。些細な色でも、そうなってしまう』
だからね。君はそう続けた。なんとなく、哀しそうな声で。顔で。

『小さなこと、些細なことでも、君には誰かに混ざってほしい。頼ってほしい。私じゃない、誰かと』
君の言うことが、正しいと感じた。ただの直感だった。


どこに行ってしまったのだろう。僕を置いて、どこへ。

何も分からない。知らない。それでいいのだろう。
君がそうしたのだから。僕の視界に、たくさんの色をつけてくれた、君がやりたかったのだから。

でも、君の想いはここに残っている。僕が生きている限り、ずっと。永遠に。

『些細なことでも、誰かに頼って』
君が僕を思って言ってくれた言葉。それをずっと胸に募らせて。

いつまでも、待っている。


風が吹く。何か聞こえた、気がした。

9/3/2023, 9:59:29 AM

「心の灯火」

目の前に崖があった。
これから飛び込むのだと思うと、嬉しくなった。
目を細める。崖下にある海に日差しが反射して、眩しい。
君に合いたかっただけだった。


死にたかった。

何も、楽しくなかった。
何も、嬉しくなかった。
全てが、嫌になった。

だから、探した。
死ぬことのできる場所を。
死ぬことのできる道具を。

楽しかった。死ぬという目標に向けて遊んでいるようだった。
心が軽くなった。

だが。
軽くなっただけだった。
心は癒えてくれなかった。
傷ついたままだった。

君が死んだ。そう聞かされたのは、二年前だ。
首をかっ切って死んだそうだ。
死体は見なかった。見れなかった。
見たくなかった。

あの日から僕は、何も、したくなくなった。
誰とも話したくない。
誰とも笑い合いたくない。
そんな感情と、君の笑顔が、心を渦巻いていた。


でも、やっとそんな日々が終わる。
これで、君と一緒になれる。

そう思いながら、海に飛び込んだ。

──はずだった。


誰かに腕を掴まれた。
驚いて、後ろを振り向く。


「君」がいた。

どうして、君がいるの?
なんで? 生きてたの?

思考が停止する。

君はそのまま、力ずくに僕の体を引き寄せる。
一瞬、体は中を舞って。君のどこにそんな力があったのだろう。なんて思いながら。

そして、二人で倒れ込んだ。

しばらくは、無が空気を包んでいた。
なにも、考えられなかった。

「良かった」
君がその言葉を発したとたん、止まっていた脳が覚醒する。
そのまま、君の顔、腕、手、体、足と緩やかに、視線が動いた。
そして、愕然した。体が固まった。

君の体は、透けていた。

生きて、いなかった。

「死んでるよ」
嘲るように、それが普通も言うように、君は言いきった。

「二年も前に、死んじゃったよ」
そのまま、透けた部分は広がるように。
侵食するように。
なにも、言えなかった。
言おうと思っても、唇が震えた。

そうだよな。君が死んだことは分かっている。でも。だけど。

君は僕の唇に、人差し指を当てる。
不思議と、そこから暖かさが伝わってくるようだった。
「じゃあね」
そういって、君は立つ。
そのまま、後ろを向いて。

風が吹いた。

一瞬だった。
瞬きする間に君は消えてしまった。

しばらく、呆然としていた。
ボーッと先の出来事を考えていた。

僕は、君に助けられた。
それは、今起きた出来事が本当だからで。

『良かった』

君は死んでしまった。それは事実であり、変わらない話で。終わった話で。

でも。

君は僕を助けてくれた。
さっきまですくんで動けなかった足を、無理矢理立たせる。

太陽に手をかざした。その手はきちんと太陽を隠して。

死ねなかった。それに、後悔の想いはなくて。
ただ、君逢えたこと、それが嘘か本当か。

もう、死のうとは思えなかった。死ぬ気にはなれなかった。

ただ、君を思って、生きていきたいと、体は叫んでいた。

君を心の灯火にして、生きたかった。

9/2/2023, 9:48:29 AM

「開けないLINE」


いつか開こうと思った君のLINE。
どうしても、開けなかった。

これは、あの日、君が送ってきたものだったから。


携帯を見ていた。
特といってすることもなく、ただ寝転がっていた。
LINEを開いて、一件通知があることを確認する。
毎日のルーティーンだ。いつから始めたのだったか。

否、それははっきりと覚えている。
あの日。
君がいなくなった次の日からだ。

「ごめんなさい。…」
そう、通知が来ていた。


君には、誰にも言わず、失踪した。
家族にも、クラスメイトにも、僕にも。
だれも何でいなくなったのか、何処へ行ったのかすらわからなかった。
警察も介入してくれたが、一向にして行方は分からなかった。
学校でも、いじめはなかった。
それは僕が一番知っている。
だからこそ、意味が分からなかった。

なにも、分からなくなった。
どうして僕に言ってくれなかったのだろう。
なぜ消えてしまったのだろう。


君から、LINEが来ている。
それを知ったのは、何も信じられなくなって、不登校気味になっていたあの日からだ。
誰か、何か言ってくれないだろうか。
確かに、君の失踪のせいでクラスLINEは荒れていた。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
ただ、ニュースとかになっていないか、それだけが知りたかった。

そんな時、君から通知が来た。
「ごめんなさい。…」
長かったからか、そこからは読めなかった。
開きたかった。

開けなかった。

君は僕に何が言いたいのか。
もしかしたら、何か重要な事を言っているのかもしれない。
でも怖かった。
もし、何かあったら。

それだけで、開かないことを決めていた。

今は違った。
もし、僕に行方が届いていて、それを隠しているように見られたら。
僕のせいで捜査が難航しているように思われたら。
それすらも怖くなっていた。


なぜか、今日は、今は開きたいと思った。
君の送ってきたものを知りたかった。
何故だかは分からない。好奇心が膨らんだ、だけかもしれない。

ただ、押すだけだった。その操作すら、怖がっていたのに。
今日はしたくなった。

震える指で、押す。
画面が変わり、内容が開かれる。

長めの文章を、目で追い続けた。

「ごめんなさい。急にいなくなって。
家族にも、君にも言わず。
どうしても、いなくなりたかった。ただ、それだけだったのかもな。

理由ぐらいは誰かに言ってもいいかもしれない。
そうも思った。
でも、ごめん。いえないな。
ただ、ごめん。そうとしかいえない。

でも。

また君に会いたい。」


そう、綴られていた。

Next