NoName

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5/2/2026, 4:53:54 PM

大切な人の声を忘れたんだ。

昔は明瞭だったその輪郭はぼやけて霞み、私の脳内を漂っている。

どれだけ、何をやっても思い出せないんだ。

私を大切にしてくれた、あの人の声が。

私を叱る声。
私を茶化す声。
私を窘める声。
私を満たす声。

あの人がくれた全てを、私は忘れてしまったんだ。


もう一度、もう一度だけでいい。


私にその声を























聞かせてくれ。





4/27/2026, 2:46:35 PM

早朝、寝台の上。

おもむろに起き上がった私は、開こうにも開かない瞼を手で擦りながら、階段を降りる。

机には母の作った食事。
際限なく流れ続けるテレビの音。
姉は朝早くから仕事なのだろうか、ドタバタと準備をしている。
私はただ、目の前のトーストを貪っている。

ふと、「早く準備しなさい!」と母の声が聞こえる。
1つ返事の後、私は立ち上がり、洗面台へ向かう。

日課と化した歯磨き、洗顔、髪の毛のセット。

支度を終えた私は、その思うように動かない体を説得させ、目の前の重い扉を開ける。


普段と何も変わらない、車窓に映る風景。
普段と何も変わらない、大学の講義。
普段と何も変わらない、友人との帰り道。


全ての気力を費やした私は、倒れるように眠る。


夢現、誰かが私の肩をゆする。
「晩御飯できたよ」
という声。
食が私を呼んでいる。飢えた私を呼んでいる。
私は本能のままに貪る。


軽快な音が聞こえる。私を攫って、海原へと連れていく。
私はただ飛び込む。
暖かい波と石鹸の香りが私を包む。そこで私は瞑想する。




普段と何も変わらない日常をただひたすらに繰り返している。
目まぐるしく変わる疎ましい世間も、私には無関係なのだ。
ただ呆然と朝を迎えては、何事もなく夜を迎える。


私の生きている意味とは、なんなのだろうか。

私が生きている意味とは、なんなのだろうか。

私が生きる意味はあ




突然、「早く上がりなさい」と私を呼ぶ声が聞こえる。
思考が停止する。
私のものではないかのように、足は動き出す。

熱気で酔ってしまいそうな部屋を抜け、私は鏡を見る。


いつもと何も変わらない自分がそこにいる。
何も変わらない、何も取り柄のない自分がそこにいる。

私は服を纏い、疲れきった私を魅惑する悪魔の方へと行く。


またここへ帰ってきた。

私が目覚める場所。

私が眠る場所。


私は目を閉じて、寝台へ飛び込んだ。








世界は私を無視して、容赦なく進み続ける。
まるで私など存在しないかのように。
その無情な世の中で、私は生きている。
意味もなく、ただ生き続ける。


本当に、意味なんてないのだろうか。


私を慕う者。
私が慕う者。
私が興味を示す、全ての物。
そのどれもが私の変わらない毎日を形作っている。





あぁ、そうか。





この日々こそが、私の生きる意味だったのだ。




















10/2/2025, 6:44:22 AM

貴方は私の仮面を外す。
貴方は私の素顔を見る。

私は貴方の仮面を外す。
私は貴方の仮面を見る。

私は貴方の素顔を見れない。
貴方は私に素顔を見せない。

私は地に落ちた仮面に手を伸ばす。
貴方はただ私を見ている。

私は再び仮面をつける。
貴方はただ私を見ている。

仮面が貴方に話しかける。
仮面が私に話しかける。

私は何かを失う。
貴方は気づかないまま。

何かにひびが入る。
何かが音を





























夏休み明け、学校の一幕。



9/20/2025, 4:58:35 PM

拝啓

夏の猛暑も終わり、朝夕の風に秋の到来を実感する今日この頃、私は深まりつつある秋を感じる次第であります。恐らく、あなたもお変わりなくお過ごしでしょう。

さて、本日は何をお話致しましょう。ああ、そうだ、あなたに教えて頂いたアップルパイを作ってみたんです。それはそれはもう、とても美味しくて。りんごの甘酸っぱい匂いが私の部屋を満たします。果肉は夢のようにほろほろと崩れ落ちるほど柔らかく、つやつやと光るパイ生地から、香ばしいバターの香りがしました。

え?そんなこと言われなくても分かってるって?
ああ、そうでしたね。きっとあなたも、私と同じ匂いを嗅いでいたのでしょうから。

実は最近、私、ある夢をよく見るんです。
雲一つない青天井の下で、ギラギラと輝く太陽に晒されながら、私は金色の麦畑の中に立っていました。どこを切り取っても、際限なく続いてゆく麦畑、麦畑、麦畑。私は行く宛もないまま、ただ途方に暮れるばかりでした。

ふと前を見ると、一人の少女が立っていました。太陽に照らされて輝く麦わら帽子。一点の淀みもない、純白のワンピース。まるで今にも消えてしまいそうな透明感。その可憐さに、私は目を奪われるばかりでした。
彼女も私と同じように、この先の見えない迷宮に迷い込んでしまったようでした。

「ねぇ」

私はそう言って、彼女に声をかけました。
私の声に驚いたのか、勢いよく彼女は頭を上げました。
つかの間の沈黙が続いた後、

「ここ、どこか知ってる?」

私は彼女に尋ねました。
しかし、彼女は何も答えることはなく、ただ私の顔を見つめるばかりでした。

再び沈黙に包まれ、私が次に続ける言葉を口にしようとしたその瞬間、彼女は黙って私の袖を掴み、前に歩き出しました。

「いったい、どこへ向かっているの?」

そう彼女に尋ねても、ただ彼女は黙々と、私を引っ張って歩き続けます。

ふと私は、袖を引っ張る彼女の腕を見つめました。細く美しい腕に、まるで透き通るような肌。いえ、本当に透き通っていました。半透明だったのです。彼女の腕を通り抜けて、私は地面を見ました。
しかし、私はただそれをぼんやりと眺めるばかりで、何か恐怖を感じることはなく、ただ彼女に引かれるままに歩き続けました。

彼女がふいに立ち止まりました。私もそれに合わせて、ぴたりと歩みを止めます。どこまでも続くと思われた麦畑を抜けて、いつの間にか私達は、バス停の前に立っていました。

押せばすぐに倒れてしまいそうな、古びた木の壁。自然に晒されて黒く錆びてしまった、トタン屋根。私達はただ、来るかも分からないバスを待ち続けました。
風に麦がゆられ、さらさらと波打ちます。彼女もその音を、静かに聞いているようでした。

私達に再び、沈黙が訪れます。しかし今度は、私は何か言葉を口にしようとはしませんてした。ただ黙って、耳を澄ませました。

ぶーん と、遠くの方から音が聞こえてきました。その音は次第に大きくなり、ついに私達の目の前で鳴り止みました。

ぷしゅー と、扉の開く音が聞こえます。私は立ち上がって、目の前の大きな鉄のかたまりに乗り込みました。

私が乗り込んだ瞬間、ばたん と、突然私の後ろで音が鳴ります。私は慌てて振り返り、彼女の方を見つめました。

「君はあっち、わたしはこっち」

彼女がそう口ずさむのを見た途端、この大きな鉄のかたまりは、前へゆっくりと動き出しました。
私は何も言わないまま、ただ遠のいていく彼女を見つめていました。うっすらと消えゆくその白いワンピースを最後に、私は目を覚ますのです。


少々、話しすぎてしまいましたね。これほど長話をした今、きっとあなたは眠ってしまっているのでしょう。ええ、もちろん、あなたの眠りの妨げをするつもりはさらさらございません。なぜならあなたも、私と同じ夢を見ているに違いないでしょうから。その穏やかな寝息が止んでしまう前に、私もこの手紙を書き終えることにしましょうか。

私がいつまでも、あなたの傍にいられますように。


敬具


『既読がつかないメッセージ』

9/19/2025, 7:31:05 PM

夏が終わる。
冷たいような、暖かいような風が僕の頬を撫でる。
その風に葉がゆられ、帳のように僕を包み込んで、散っていく。

美しいと言えば美しいような、けど寂しいと言えば寂しいような。


僕は黙って、ただ並木道を歩く。


道端には紅葉が積もっていた。僕はその山から一枚手に取って、それとなく眺める。まるで吸い込まれてしまいそうな艶のある紅色に、恍惚する。


ふと、髪が揺れた。僕の手から紅葉が滑り落ちる。風に拐われ、生き物のように僕の横を通りすぎる。

追いかけることはしなかった。ただ、ぼんやりとそれを眺めていた。


前を向いて、また僕は歩き出す。


紅に染まる木々の間から、光が差し込んでいる。
木漏れ日が頬を照らす。紅るさも相まって、目眩がする。


このまま倒れられるのならば、どんなに幸せだろうか?


そう思いつつも、僕はただ、歩き続ける。


道脇のベンチに目が止まった。誰もいないベンチに、僕は腰掛ける。

木に百舌がとまっているのが見えた。キチキチ という鳴き声が僕の耳を通り抜け、頭の中で反響する。まるで話しかけられているかのようだ。

ふと、足元をみる。ベンチの下にはどんぐりが落ちていた。綺麗なもの、誰かに踏み潰されてしまったもの、虫にかじられて穴が空いてしまったもの。


僕はその一つを拾い上げ、ポケットにしまった。


満足したかのように足が勝手に動いて、僕は再び歩き出した。


秋風が頬を撫でる。紅葉が僕を包み込む。

夏が終わる。





『秋色』


































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