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拝啓

夏の猛暑も終わり、朝夕の風に秋の到来を実感する今日この頃、私は深まりつつある秋を感じる次第であります。恐らく、あなたもお変わりなくお過ごしでしょう。

さて、本日は何をお話致しましょう。ああ、そうだ、あなたに教えて頂いたアップルパイを作ってみたんです。それはそれはもう、とても美味しくて。りんごの甘酸っぱい匂いが私の部屋を満たします。果肉は夢のようにほろほろと崩れ落ちるほど柔らかく、つやつやと光るパイ生地から、香ばしいバターの香りがしました。

え?そんなこと言われなくても分かってるって?
ああ、そうでしたね。きっとあなたも、私と同じ匂いを嗅いでいたのでしょうから。

実は最近、私、ある夢をよく見るんです。
雲一つない青天井の下で、ギラギラと輝く太陽に晒されながら、私は金色の麦畑の中に立っていました。どこを切り取っても、際限なく続いてゆく麦畑、麦畑、麦畑。私は行く宛もないまま、ただ途方に暮れるばかりでした。

ふと前を見ると、一人の少女が立っていました。太陽に照らされて輝く麦わら帽子。一点の淀みもない、純白のワンピース。まるで今にも消えてしまいそうな透明感。その可憐さに、私は目を奪われるばかりでした。
彼女も私と同じように、この先の見えない迷宮に迷い込んでしまったようでした。

「ねぇ」

私はそう言って、彼女に声をかけました。
私の声に驚いたのか、勢いよく彼女は頭を上げました。
つかの間の沈黙が続いた後、

「ここ、どこか知ってる?」

私は彼女に尋ねました。
しかし、彼女は何も答えることはなく、ただ私の顔を見つめるばかりでした。

再び沈黙に包まれ、私が次に続ける言葉を口にしようとしたその瞬間、彼女は黙って私の袖を掴み、前に歩き出しました。

「いったい、どこへ向かっているの?」

そう彼女に尋ねても、ただ彼女は黙々と、私を引っ張って歩き続けます。

ふと私は、袖を引っ張る彼女の腕を見つめました。細く美しい腕に、まるで透き通るような肌。いえ、本当に透き通っていました。半透明だったのです。彼女の腕を通り抜けて、私は地面を見ました。
しかし、私はただそれをぼんやりと眺めるばかりで、何か恐怖を感じることはなく、ただ彼女に引かれるままに歩き続けました。

彼女がふいに立ち止まりました。私もそれに合わせて、ぴたりと歩みを止めます。どこまでも続くと思われた麦畑を抜けて、いつの間にか私達は、バス停の前に立っていました。

押せばすぐに倒れてしまいそうな、古びた木の壁。自然に晒されて黒く錆びてしまった、トタン屋根。私達はただ、来るかも分からないバスを待ち続けました。
風に麦がゆられ、さらさらと波打ちます。彼女もその音を、静かに聞いているようでした。

私達に再び、沈黙が訪れます。しかし今度は、私は何か言葉を口にしようとはしませんてした。ただ黙って、耳を澄ませました。

ぶーん と、遠くの方から音が聞こえてきました。その音は次第に大きくなり、ついに私達の目の前で鳴り止みました。

ぷしゅー と、扉の開く音が聞こえます。私は立ち上がって、目の前の大きな鉄のかたまりに乗り込みました。

私が乗り込んだ瞬間、ばたん と、突然私の後ろで音が鳴ります。私は慌てて振り返り、彼女の方を見つめました。

「君はあっち、わたしはこっち」

彼女がそう口ずさむのを見た途端、この大きな鉄のかたまりは、前へゆっくりと動き出しました。
私は何も言わないまま、ただ遠のいていく彼女を見つめていました。うっすらと消えゆくその白いワンピースを最後に、私は目を覚ますのです。


少々、話しすぎてしまいましたね。これほど長話をした今、きっとあなたは眠ってしまっているのでしょう。ええ、もちろん、あなたの眠りの妨げをするつもりはさらさらございません。なぜならあなたも、私と同じ夢を見ているに違いないでしょうから。その穏やかな寝息が止んでしまう前に、私もこの手紙を書き終えることにしましょうか。

私がいつまでも、あなたの傍にいられますように。


敬具


『既読がつかないメッセージ』

9/20/2025, 4:58:35 PM