大事にしたい
大事にしたい人がいる。それはとても幸せなことだ。
同じように、
私の中にある『書きたい気持ち』も大事にしたい。それは私にしかできないことだから。
もっと速く、もっと上手く、もっと自由に書けるようになれたらいい。
――書くことってなんて奥深いのだろう。
#33
時間よ止まれ
「そろそろ帰ろうか」
楽しかった一日の終りをあなたが告げる時、
時間よ止まれ。私はいつもそう願ってる。
他にはもう何も要らない。
今はあなただけを見つめていたい。
だからどうか。
#32
夜景
日が落ちて、川向かいの高層ビルの窓が明るく光り始めた。たまにブラインドがあげられて、人影が見えることもある。
光の下には働く人がいる。そう思うと不思議に力づけられる。
知らないビルの群れ、あの小さな窓の光の中にも、きっと幾千幾万の働く人がいる。
海沿いの工場地帯の光にも、山から見下ろす街の光の下にもたくさんの人がいて、きっと誰もが懸命に生きているのだろう。
#31
花畑
目の前にはひまわり畑。鮮やかな太陽の花が咲き誇る。
高一の夏、私は父の転勤のため引っ越しが決まった。
あと引っ越しまで一週間となった日、私は幼なじみに連れられて、ひまわり畑にやって来た。
暑い。汗が止まらない。
それでも、青い空の下いっぱいに咲くひまわりはとても綺麗だった。彼はここの持ち主と知り合いで、時々畑の手伝いなどしていたそうだ。
「わあ、やっぱりすごいね」
私の声に頷くと、彼はポケットから愛用のフィッシングナイフを取り出した。折りたたみの刃がきらりと光る。
「何するの?」
「大丈夫、いいって言われてる」
ザクリ。ひまわりの茎にナイフが入った。一本、二本、三本、四本、五本。
葉を何枚か落とし、バンダナでまとめると、彼はそれらを私に差し出した。
「引っ越し前で悪いけど、これ」
「えぇ、これ?」
彼がどういうつもりなのかはわからない。渡されたひまわりは結構重い。でも腕いっぱいの鮮やかなひまわりは格別だった。
「ありがとう」
「ん」
彼はいつものように柔らかく笑った。
その二日後、彼の姿は消えた。スマホも繋がらなかった。
「いなくなっちゃったんだって、何か知ってる!?」
「ううん、何も……」
驚いたけど、それほど意外でもなかった。
彼は家族と上手くいってなかったし、何よりいつもどこか遠くを見ているような気がしてたから。
(でももう少し、話してくれてもいいんじゃないかなあ)
胸の中でそう文句を言ったら、彼がいつもの柔らかい笑顔で、ごめんなと笑った気がした。
騒ぎが治まらないうちに引っ越しの日がやって来た。
私は最後にひまわりを持った。
ひまわりは日持ちの良い花で、ちゃんと手入れをしたからまだ何とか保っている。ここに捨ててはいけなかった。
一番の心残りだった彼が消えてしまってから、私は何だかすっきりとした気持ちでいる。
ねえ、元気にしててね。
やっぱり寂しいよ。でもあんたを置いていかなくて済んで、良かったのかな。
これから彼のそばにいる人は、どうか彼に優しくしてあげてください。彼があんまり辛い思いをしなくていいように。どうかお願いよ。
#30
空が泣く
君は来ない。それが答えだね。
軽く息を吐けば、少し汚れたスニーカーのつま先が視界に入る。
もう行こう。
リュックを背負い直した時、ぽつんぽつんと雫が落ちて、足元のコンクリートの舗装に黒っぽい染みを作った。
「天気雨かな……」
そっと呟いて、パーカーのフードを深く被る。
人々が行き交う陽の当たる歩道で。
#29