百加

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9/15/2023, 1:22:18 PM

君からのLINE


(いつ来るの?)
 既読はつかない。電話も出ない。腹は減った。
 カレーはとっくに出来上がり、キッチンでスパイシーないい匂いをさせているのに、22時半を過ぎても連絡がない。
 焦れた俺は冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。二人で飲むつもりだったけど構うもんか。そしてプルタブを引き、唇を付けようとした瞬間に通知が鳴って、慌ててスマホを手に取った。

(車で迎えに来て 。〇〇駅あと20分で着く)

「そりゃないだろ、……せめて電話しろよ」
 俺は犬かよ。そんなLINE一本でしっぽ振って迎えに行くと思ってんの。
 ……思ってんだろうな、やっぱり。

 むかっ腹が立って、すぐに返事をしなかったら、通知音が連続で鳴った。トーク画面には大きなハートを抱えた猫のスタンプが、ずらっと連打されている。
「何だよ、もう」
 口元が緩むのがわかった。きっと締まらない顔をしてるんだろうな。急いで缶チューハイにラップをして冷蔵庫に片付ける。
「仕方ない。行ってやるか」

 俺の気分を指先一つで変えてしまう、そんな君からのLINE。



#28

9/14/2023, 11:55:19 PM

命が燃え尽きるまで


 命が燃え尽きるまで。
 このお題を見たとき、タコのメスの子育ての話を思い出した。
 タコは数年の寿命の最後に一度きり繁殖を行うそうだ。その後すぐオスは死んでしまい(そう命がプログラムされている)、海の生き物では珍しい方らしいが、メスが卵を守り続けるという。
 それはマダコなら一ヵ月、冷たい海に棲むミズダコなら卵の発育が遅いため、六ヵ月から十ヵ月に及ぶとのこと。その間メスは餌も摂らずに、卵を大切に抱きかかえて世話をする。卵に新鮮な水を送り、卵に付いたゴミを取り払い、敵が現れれば全力で闘う。
 餌を摂らないから次第に体力は失われる。最後は弱って泳ぐ力もなくなる。そして卵の孵化を見届けると母ダコは静かに死んでいくという。

 生き物の世界は過酷でシンプルだ。なのになぜ人間は繁殖ができない年齢まで、生き続けられるようになったのだろう。その意味を考えてしまう。
 そのようにプログラムされたのなら、与えられた命が燃え尽きるまで、生き切ったと言える人生を私は送りたい。(タコに負けたくないよね。)


 タコのお話に興味を持たれた方のために…
 こちらにもっと詳しく書かれています。他の生き物のお話もありました。
『生き物の死にざま』草思社 稲垣 栄洋



#27



9/14/2023, 12:37:25 AM

夜明け前


 夜明け前が一番暗い。よく聞く言葉だ。明けない夜はない。それもよく聞いた。
 その通りだと思う時がほとんどだったけれど、そうでない時もあった。その時々によって感じ方は変わるのだから、とりあえず生きていればいいと今は思っている。

 ずいぶん前、衣食住に困っているわけでもないし、家族も居るのに、自分が惨めで苦しくて仕方なかった。贅沢な悩みだと、何度思っても苦しさは消えなくて、夜は長く、夜明けに期待もなく、どうにか朝が来ても、心は沈んだままだった。

 彼女もそうだったんだろうか。
 いいひとだった。顔を合わす機会はあまりなかったけれど、努力家でちょっとしたユーモアもあって、さり気ない優しさを感じられるひとだった。皆が羨むようなものをたくさん持っていたのに。
 私は彼女のことをよくは知らない。友人でさえなかったから。でもいつか、もう少し仲良くなれたらと思っていた。

 そんなに苦しいなら、どうして逃げてくれなかったのか。逃げていたら、まだどこかで元気に笑っていたかもしれない。
 あなたの苦しみに誰も気付いていなかった。あの場所にそこまで頑張るほどの価値はなかった。だって私も含めて何もなかったかのように、毎日の歯車は回っていく。あなたはもっと幸せな人生を生きられるはずだった。もっと自分を大事にして欲しかった。なのにどうして。

 一時期はもう変えようもないことをよく考えていた。
 あれから何年か過ぎても、思い返すたびに胸が少し痛む。彼女と親しかった人は、どれほどの痛みを耐えているのだろう。

 夜明けを待たずに消えてしまったひと。
 苦しみは消えましたか。
 どうか安らかに、そう願うしかないのが、ただ悲しいです。



#26

9/12/2023, 1:53:23 PM

本気の恋


 ありがとう。あと六年経ったらね、なんて。
 憧れとかそういうものだから、なんて。
 どうしてわかるの? 
 適当な言葉なんか要らない。
 本物とか偽物とか、そんなのどうでもいい。
 あなたが好き。


#25

9/11/2023, 10:54:59 PM

カレンダー


 八月が終わってリビングのカレンダーをめくると、あなたはその日を指差した。
「この日は何の日?」
 もちろん知ってるよ。私は笑って尋ねる。
「花マルつけちゃう?」
「つけちゃう!」
 カレンダーのその日はマジックの大きな花マルで飾られた。

 あなたはまだ知らなくていいかな。
 遠い国でとても悲しいことがあったということを。あの日崩れ落ちる高層ビルに世界中の人が自分の目を疑っただろう。 
 でも私にとっては、大切なあなたと出会った日。何でもない普通の暑い日だった。


#24

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