百加

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夜明け前


 夜明け前が一番暗い。よく聞く言葉だ。明けない夜はない。それもよく聞いた。
 その通りだと思う時がほとんどだったけれど、そうでない時もあった。その時々によって感じ方は変わるのだから、とりあえず生きていればいいと今は思っている。

 ずいぶん前、衣食住に困っているわけでもないし、家族も居るのに、自分が惨めで苦しくて仕方なかった。贅沢な悩みだと、何度思っても苦しさは消えなくて、夜は長く、夜明けに期待もなく、どうにか朝が来ても、心は沈んだままだった。

 彼女もそうだったんだろうか。
 いいひとだった。顔を合わす機会はあまりなかったけれど、努力家でちょっとしたユーモアもあって、さり気ない優しさを感じられるひとだった。皆が羨むようなものをたくさん持っていたのに。
 私は彼女のことをよくは知らない。友人でさえなかったから。でもいつか、もう少し仲良くなれたらと思っていた。

 そんなに苦しいなら、どうして逃げてくれなかったのか。逃げていたら、まだどこかで元気に笑っていたかもしれない。
 あなたの苦しみに誰も気付いていなかった。あの場所にそこまで頑張るほどの価値はなかった。だって私も含めて何もなかったかのように、毎日の歯車は回っていく。あなたはもっと幸せな人生を生きられるはずだった。もっと自分を大事にして欲しかった。なのにどうして。

 一時期はもう変えようもないことをよく考えていた。
 あれから何年か過ぎても、思い返すたびに胸が少し痛む。彼女と親しかった人は、どれほどの痛みを耐えているのだろう。

 夜明けを待たずに消えてしまったひと。
 苦しみは消えましたか。
 どうか安らかに、そう願うしかないのが、ただ悲しいです。



#26

9/14/2023, 12:37:25 AM