百加

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9/18/2023, 10:14:18 PM

夜景


 日が落ちて、川向かいの高層ビルの窓が明るく光り始めた。たまにブラインドがあげられて、人影が見えることもある。
 光の下には働く人がいる。そう思うと不思議に力づけられる。
 知らないビルの群れ、あの小さな窓の光の中にも、きっと幾千幾万の働く人がいる。
 海沿いの工場地帯の光にも、山から見下ろす街の光の下にもたくさんの人がいて、きっと誰もが懸命に生きているのだろう。


#31

9/18/2023, 9:34:27 AM

花畑


 目の前にはひまわり畑。鮮やかな太陽の花が咲き誇る。

 高一の夏、私は父の転勤のため引っ越しが決まった。
 あと引っ越しまで一週間となった日、私は幼なじみに連れられて、ひまわり畑にやって来た。
 暑い。汗が止まらない。
 それでも、青い空の下いっぱいに咲くひまわりはとても綺麗だった。彼はここの持ち主と知り合いで、時々畑の手伝いなどしていたそうだ。
「わあ、やっぱりすごいね」
 私の声に頷くと、彼はポケットから愛用のフィッシングナイフを取り出した。折りたたみの刃がきらりと光る。
「何するの?」
「大丈夫、いいって言われてる」
 ザクリ。ひまわりの茎にナイフが入った。一本、二本、三本、四本、五本。
 葉を何枚か落とし、バンダナでまとめると、彼はそれらを私に差し出した。
「引っ越し前で悪いけど、これ」
「えぇ、これ?」
 彼がどういうつもりなのかはわからない。渡されたひまわりは結構重い。でも腕いっぱいの鮮やかなひまわりは格別だった。
「ありがとう」
「ん」
 彼はいつものように柔らかく笑った。


 その二日後、彼の姿は消えた。スマホも繋がらなかった。
 「いなくなっちゃったんだって、何か知ってる!?」
「ううん、何も……」
 驚いたけど、それほど意外でもなかった。
 彼は家族と上手くいってなかったし、何よりいつもどこか遠くを見ているような気がしてたから。
(でももう少し、話してくれてもいいんじゃないかなあ)
 胸の中でそう文句を言ったら、彼がいつもの柔らかい笑顔で、ごめんなと笑った気がした。

 騒ぎが治まらないうちに引っ越しの日がやって来た。
 私は最後にひまわりを持った。
 ひまわりは日持ちの良い花で、ちゃんと手入れをしたからまだ何とか保っている。ここに捨ててはいけなかった。
 一番の心残りだった彼が消えてしまってから、私は何だかすっきりとした気持ちでいる。

 ねえ、元気にしててね。
 やっぱり寂しいよ。でもあんたを置いていかなくて済んで、良かったのかな。

 これから彼のそばにいる人は、どうか彼に優しくしてあげてください。彼があんまり辛い思いをしなくていいように。どうかお願いよ。



#30

9/16/2023, 4:17:32 PM

空が泣く


 君は来ない。それが答えだね。
 軽く息を吐けば、少し汚れたスニーカーのつま先が視界に入る。

 もう行こう。
 リュックを背負い直した時、ぽつんぽつんと雫が落ちて、足元のコンクリートの舗装に黒っぽい染みを作った。
「天気雨かな……」
 そっと呟いて、パーカーのフードを深く被る。
 人々が行き交う陽の当たる歩道で。



#29

9/15/2023, 1:22:18 PM

君からのLINE


(いつ来るの?)
 既読はつかない。電話も出ない。腹は減った。
 カレーはとっくに出来上がり、キッチンでスパイシーないい匂いをさせているのに、22時半を過ぎても連絡がない。
 焦れた俺は冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。二人で飲むつもりだったけど構うもんか。そしてプルタブを引き、唇を付けようとした瞬間に通知が鳴って、慌ててスマホを手に取った。

(車で迎えに来て 。〇〇駅あと20分で着く)

「そりゃないだろ、……せめて電話しろよ」
 俺は犬かよ。そんなLINE一本でしっぽ振って迎えに行くと思ってんの。
 ……思ってんだろうな、やっぱり。

 むかっ腹が立って、すぐに返事をしなかったら、通知音が連続で鳴った。トーク画面には大きなハートを抱えた猫のスタンプが、ずらっと連打されている。
「何だよ、もう」
 口元が緩むのがわかった。きっと締まらない顔をしてるんだろうな。急いで缶チューハイにラップをして冷蔵庫に片付ける。
「仕方ない。行ってやるか」

 俺の気分を指先一つで変えてしまう、そんな君からのLINE。



#28

9/14/2023, 11:55:19 PM

命が燃え尽きるまで


 命が燃え尽きるまで。
 このお題を見たとき、タコのメスの子育ての話を思い出した。
 タコは数年の寿命の最後に一度きり繁殖を行うそうだ。その後すぐオスは死んでしまい(そう命がプログラムされている)、海の生き物では珍しい方らしいが、メスが卵を守り続けるという。
 それはマダコなら一ヵ月、冷たい海に棲むミズダコなら卵の発育が遅いため、六ヵ月から十ヵ月に及ぶとのこと。その間メスは餌も摂らずに、卵を大切に抱きかかえて世話をする。卵に新鮮な水を送り、卵に付いたゴミを取り払い、敵が現れれば全力で闘う。
 餌を摂らないから次第に体力は失われる。最後は弱って泳ぐ力もなくなる。そして卵の孵化を見届けると母ダコは静かに死んでいくという。

 生き物の世界は過酷でシンプルだ。なのになぜ人間は繁殖ができない年齢まで、生き続けられるようになったのだろう。その意味を考えてしまう。
 そのようにプログラムされたのなら、与えられた命が燃え尽きるまで、生き切ったと言える人生を私は送りたい。(タコに負けたくないよね。)


 タコのお話に興味を持たれた方のために…
 こちらにもっと詳しく書かれています。他の生き物のお話もありました。
『生き物の死にざま』草思社 稲垣 栄洋



#27



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