心の灯火
祈りにも似た小さな火。
それを頼りに暗く遠い道を歩く。
誰かの手助けはあっても、代わってもらうことはできない道を。
歩き疲れて動けなくなった時も、その火は消えていなかった。
見えなくても、灰の中の埋み火のように確かにそこにあった。
大丈夫、焦らなくていい。
灰を払う風を静かに待てばいい。
また必ず火は灯るから。
その心の灯火とともに、
きっと最後まで歩き続けることができるから。
開けないLINE
明日の夜、どうかな?
この前言ってた店、予約取れたんだけど。
あの人からだ。LINEの通知に心臓が跳ねる。
落ち着いて。でもどうしよう。
通知で読んだから、既読になってない。
既読になったら、スルーなんてできない。
……迷ってるなんて、嘘。だって気になってる。
ぐらぐらしてるわたし。
甘くて、苦い予感。
不完全な僕
まず最初に言っておきたい。
完全な人間なんかいない。絶対にだ。
当然、僕もそうだ。
何をしようと、どんなに頑張ろうと、不完全な僕のままだろう。
だから努力しない、と言ってるわけじゃないから、そこは安心してね。
だけど、君がそばにいてくれるなら、
いびつで刺々しい僕も、角が取れて丸くなっていける気がする。
完全な球体へ、少しは近づける気がするんだ。
それは希望なんだ。
香水
10:54
スマホの待受画面を確認すると、十一時半の待ち合わせまで少し時間があった。
(早く着きすぎちゃった。三十分もあるな……)
これから女友達とランチに行くつもりだから、今は何も口に入れたくない。
コーヒーショップは却下して、時間を潰そうと駅に直結しているデパートに向かった。普段行くのは郊外のショッピングモールとかだから、デパートに行くのは久しぶりだった。
週末の昼前のデパートは人が多かった。
いつものショッピングモールとは客層が違っている気がする。華やかな店内を弾むような気分で歩き、案内図を見てから、二階の化粧品フロアに向かう。気になっていたブランドを覗いてみると、香水のテスターがいくつか並んでいるのが見えた。
(新しい香水、欲しいな。でもあんまり甘い香りは苦手だし)
そう思って眺めていると、店員さんがにこやかに笑いかけてくる。
「良かったらお試しください。こちらユニセックスでお使いいただけます」
「あ、どうも……」
美人だ。上品な言葉遣いと物腰に何となく気圧されてしまう。店員さんに愛想笑いを返しながら、一つ手近なものから試してみた。ムエットに吹き付けると、ほろ苦さのあるさっぱりとした香りが広がる。
(いい香り、でもこれは違うな)
甘すぎるのは苦手だけど、全く甘さがないのも物足りない。
一つ目のテスターをそっと戻して、二つ目はうっかり手首に一吹きしてしまった。
(あ、これって……!)
思い出してしまった。思い出したくなかった。少しだけつき合った人がつけていた香りだ。香水の名前さえ知る前に別れてしまったのに。
紹介で知り合った人だった。高望みなんかしていないし、できれば好きになりたかった。でもどうしても好きになれなくて、散々悩んだ挙げ句にひと月前にこっちからお別れした。
後悔はしていないつもりだ。それでも一人は寂しい。
(もう、最低!)
引きつった顔をしていたのかもしれない。店員さんが怪訝そうにこちらを見ている気がする。慌てて頭だけ下げて、早足でその店から離れた。追いかけるように手首から香りがする。纏わり付く香りが、本当にあの決断で良かった?と問いかけてくるようで苛々する。ムエットで試せば良かった。
(私が何したって言うのよ……!)
世界が自分に意地悪をしてくるみたいだ。泣きたいような気分で唇を噛む。私は早く手首を洗いたくて化粧室を探した。
言葉はいらない……ただ
悲鳴のような歓声の中、まるでスラムダンクみたいだと俺は思った。
1点差。
第4クオーター、ラスト5秒。
時間はない。
奥に切り込めない。
ここからシュートを打つしかないのか。
その瞬間、目の端にあいつが走り込んでくるのが見えた。そこからはスローモーションのような記憶だ。言葉はいらない……ただ体が動いた。
受け取れ。バックビハインドパス。
わずかにディフェンスの動きが遅れて、あいつにボールが渡った。
今だ!
あいつはディフェンスの腕を強引にすり抜けて、体勢を崩しながらゴールに手を差し伸べるようにシュートした。
「行けえっ!!」
空中に浮かんだボールは、きれいな放物線を描いて、ゴールリングに吸い込まれていった。
同時に試合終了のブザーが鳴る。
わずかな静寂の後、轟くような大歓声が湧き上がった。
スコアボードは69−70。
逆転だ。勝った。
俺はコートに倒れ込んだ。もう一歩も動けない。でも最高の気分だった。
口を開いて荒い呼吸をくり返し、今も病院にいるあの娘(こ)を思う。
なあ、俺勝ったぞ。だからお前も頑張れ。手術は必ずうまくいく。
男子バスケット、頑張って欲しいです!