不完全な僕
まず最初に言っておきたい。
完全な人間なんかいない。絶対にだ。
当然、僕もそうだ。
何をしようと、どんなに頑張ろうと、不完全な僕のままだろう。
だから努力しない、と言ってるわけじゃないから、そこは安心してね。
だけど、君がそばにいてくれるなら、
いびつで刺々しい僕も、角が取れて丸くなっていける気がする。
完全な球体へ、少しは近づける気がするんだ。
それは希望なんだ。
香水
10:54
スマホの待受画面を確認すると、十一時半の待ち合わせまで少し時間があった。
(早く着きすぎちゃった。三十分もあるな……)
これから女友達とランチに行くつもりだから、今は何も口に入れたくない。
コーヒーショップは却下して、時間を潰そうと駅に直結しているデパートに向かった。普段行くのは郊外のショッピングモールとかだから、デパートに行くのは久しぶりだった。
週末の昼前のデパートは人が多かった。
いつものショッピングモールとは客層が違っている気がする。華やかな店内を弾むような気分で歩き、案内図を見てから、二階の化粧品フロアに向かう。気になっていたブランドを覗いてみると、香水のテスターがいくつか並んでいるのが見えた。
(新しい香水、欲しいな。でもあんまり甘い香りは苦手だし)
そう思って眺めていると、店員さんがにこやかに笑いかけてくる。
「良かったらお試しください。こちらユニセックスでお使いいただけます」
「あ、どうも……」
美人だ。上品な言葉遣いと物腰に何となく気圧されてしまう。店員さんに愛想笑いを返しながら、一つ手近なものから試してみた。ムエットに吹き付けると、ほろ苦さのあるさっぱりとした香りが広がる。
(いい香り、でもこれは違うな)
甘すぎるのは苦手だけど、全く甘さがないのも物足りない。
一つ目のテスターをそっと戻して、二つ目はうっかり手首に一吹きしてしまった。
(あ、これって……!)
思い出してしまった。思い出したくなかった。少しだけつき合った人がつけていた香りだ。香水の名前さえ知る前に別れてしまったのに。
紹介で知り合った人だった。高望みなんかしていないし、できれば好きになりたかった。でもどうしても好きになれなくて、散々悩んだ挙げ句にひと月前にこっちからお別れした。
後悔はしていないつもりだ。それでも一人は寂しい。
(もう、最低!)
引きつった顔をしていたのかもしれない。店員さんが怪訝そうにこちらを見ている気がする。慌てて頭だけ下げて、早足でその店から離れた。追いかけるように手首から香りがする。纏わり付く香りが、本当にあの決断で良かった?と問いかけてくるようで苛々する。ムエットで試せば良かった。
(私が何したって言うのよ……!)
世界が自分に意地悪をしてくるみたいだ。泣きたいような気分で唇を噛む。私は早く手首を洗いたくて化粧室を探した。
言葉はいらない……ただ
悲鳴のような歓声の中、まるでスラムダンクみたいだと俺は思った。
1点差。
第4クオーター、ラスト5秒。
時間はない。
奥に切り込めない。
ここからシュートを打つしかないのか。
その瞬間、目の端にあいつが走り込んでくるのが見えた。そこからはスローモーションのような記憶だ。言葉はいらない……ただ体が動いた。
受け取れ。バックビハインドパス。
わずかにディフェンスの動きが遅れて、あいつにボールが渡った。
今だ!
あいつはディフェンスの腕を強引にすり抜けて、体勢を崩しながらゴールに手を差し伸べるようにシュートした。
「行けえっ!!」
空中に浮かんだボールは、きれいな放物線を描いて、ゴールリングに吸い込まれていった。
同時に試合終了のブザーが鳴る。
わずかな静寂の後、轟くような大歓声が湧き上がった。
スコアボードは69−70。
逆転だ。勝った。
俺はコートに倒れ込んだ。もう一歩も動けない。でも最高の気分だった。
口を開いて荒い呼吸をくり返し、今も病院にいるあの娘(こ)を思う。
なあ、俺勝ったぞ。だからお前も頑張れ。手術は必ずうまくいく。
男子バスケット、頑張って欲しいです!
突然の君の訪問
星降る夜に、
突然、君は訪れた。
ううん、突然じゃないね。
私はずっと待っていたから。
涙を堪える私に、
君は困ったように笑う。
その手が静かに私の頬に触れた。
雨に佇む
雨は嫌いだ。
そういう人間は別に珍しくもないと思う。傘を持つのは面倒だし、遠出もしにくいし、濡れたら気持ちが悪い。
でも大学生の時につき合った彼女は、雨になるといそいそと傘をさして出かける人だった。
週末に部屋に行くよと約束していても、明るいうちに雨が降ると彼女は居ない。部屋から出て、近所の公園に居るからだ。さすがに大雨のときは出ない。
「またか、仕方ないなあ」
僕が迎えに行くと、誰もいなくなった公園に水色の傘がぽつんと見えた。傘は木々の下を時々揺れては、しばらく立ち止まる。僕はすぐには声をかけずにそれを眺める。
遠目には雨に佇むといった風情の彼女だったけれど、実際のところは、公園の木々が雨に濡れる様子や見つけたカタツムリなんかを喜々として観察しているのだった。
「晴れてる時と全然違うよ」
彼女は絵を描く人で、雨に濡れた草木をよく絵に描いていた。元々は晴れた日に描いていたらしいが、ある日にわか雨に降られ、目の前の景色が濡れて刻々と変化していく様に目を奪われたのだそうだ。
「どこがそんなにいいの?」
「だって、すごく綺麗だから」
「晴れた日の方がいいと思うけどなぁ」
首をかしげる僕に彼女はふっくらした唇を尖らせ、しばらく考えてから言った。
「えーっとね、そうだ、グラビアアイドル!」
「は?」
彼女はいい例えだと言うように、明るい目をしてこっちを見上げるけれど、僕にはどういう意味かさっぱりわからない。
「ほら、グラビアアイドルのコとか、濡れた格好で写ってるのあるよね」
「あるけど、それが何?」
「だから、濡れてる姿が綺麗だと思う人がいるってことでしょ」
確かにグラビアの彼女たちの濡れた姿ってのは、こちらの妄想をかき立てるところがある。
「でもあれは、ちょっとやらしい感じがするんだけど……」
彼女の説明に僕がそう突っ込んでみると、彼女はぎょっとして目を丸くした。
「えっ? ま、まあ、そういう感じもあるかな。でも私、そんなこと考えて描いてないよ!」
「わかったわかった」
僕たちは楽しくつき合っていたと思う。でも一足先に社会人になった僕は、日々の忙しさに追われて余裕を失い、すれ違い、結局彼女とは別れてしまった。今ならもう少し違う道があったような気がしてならない。
僕は雨が嫌いだけど、雨の中で楽しそうにしている彼女を見るのは好きだった。
あれから何年経つだろう。
今日の雨は、彼女が好きだと言ったあの日の優しい雨に似ている。
読んでいただいてありがとうございました。
ニワカですが、昨日の男子バスケの試合は面白かったですね! 熱かった!