雨に佇む
雨は嫌いだ。
そういう人間は別に珍しくもないと思う。傘を持つのは面倒だし、遠出もしにくいし、濡れたら気持ちが悪い。
でも大学生の時につき合った彼女は、雨になるといそいそと傘をさして出かける人だった。
週末に部屋に行くよと約束していても、明るいうちに雨が降ると彼女は居ない。部屋から出て、近所の公園に居るからだ。さすがに大雨のときは出ない。
「またか、仕方ないなあ」
僕が迎えに行くと、誰もいなくなった公園に水色の傘がぽつんと見えた。傘は木々の下を時々揺れては、しばらく立ち止まる。僕はすぐには声をかけずにそれを眺める。
遠目には雨に佇むといった風情の彼女だったけれど、実際のところは、公園の木々が雨に濡れる様子や見つけたカタツムリなんかを喜々として観察しているのだった。
「晴れてる時と全然違うよ」
彼女は絵を描く人で、雨に濡れた草木をよく絵に描いていた。元々は晴れた日に描いていたらしいが、ある日にわか雨に降られ、目の前の景色が濡れて刻々と変化していく様に目を奪われたのだそうだ。
「どこがそんなにいいの?」
「だって、すごく綺麗だから」
「晴れた日の方がいいと思うけどなぁ」
首をかしげる僕に彼女はふっくらした唇を尖らせ、しばらく考えてから言った。
「えーっとね、そうだ、グラビアアイドル!」
「は?」
彼女はいい例えだと言うように、明るい目をしてこっちを見上げるけれど、僕にはどういう意味かさっぱりわからない。
「ほら、グラビアアイドルのコとか、濡れた格好で写ってるのあるよね」
「あるけど、それが何?」
「だから、濡れてる姿が綺麗だと思う人がいるってことでしょ」
確かにグラビアの彼女たちの濡れた姿ってのは、こちらの妄想をかき立てるところがある。
「でもあれは、ちょっとやらしい感じがするんだけど……」
彼女の説明に僕がそう突っ込んでみると、彼女はぎょっとして目を丸くした。
「えっ? ま、まあ、そういう感じもあるかな。でも私、そんなこと考えて描いてないよ!」
「わかったわかった」
僕たちは楽しくつき合っていたと思う。でも一足先に社会人になった僕は、日々の忙しさに追われて余裕を失い、すれ違い、結局彼女とは別れてしまった。今ならもう少し違う道があったような気がしてならない。
僕は雨が嫌いだけど、雨の中で楽しそうにしている彼女を見るのは好きだった。
あれから何年経つだろう。
今日の雨は、彼女が好きだと言ったあの日の優しい雨に似ている。
読んでいただいてありがとうございました。
ニワカですが、昨日の男子バスケの試合は面白かったですね! 熱かった!
8/27/2023, 10:43:33 PM