シオン

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1/1/2025, 3:57:22 PM

 大陸で一番大きな国、レグヌム王国はその日新年を迎えた。
 新年の一日目、一番最初に行われるのは、神様に供物として人間を一人差し出すことであった。
 日が登ると同時にやってきた角が生えた切長の青い瞳の少女に対して、国王は恭しい態度で言った。
「おお、ご機嫌麗しゅう。天界の遣いの御方」
 国王自ら腰を折り曲げて挨拶をしたというのに、少女は一瞥をくれただけで、小さくため息をついた。
「………うるさい。そんなことより供物はまだか。あまりもたもたしているとデウス様がお怒りになられてお前たちの国など簡単に潰してしまうかもしれないぞ」
 冷たく偉そうに言った少女に対して、国王は若干恐れおののいたのか、自分の後ろに隠れていた少年を前に出して言った。
「ああ、そんなことは仰らずに。どうぞ、こちらが今年の供物の人間でございます。歳は今年で十二歳。貴方様がたに対して敬意と崇拝の心をきちんと持った少年ですよ」
 そう言った後に鋭い目付きを少年に向けた。数秒の間をおいて、少年が口を開く。
「………………あ、あの、はじめまして、天界の遣い様。今年、貴方様がたの」
「御託はいい。用意した供物が気に入るか気に入らんかは、デウス様が決めることだ」
 少年の言葉を遮って少女は冷たく言い放った。
「用は済んだ。私は失礼する」
 少年の手を掴みながら少女は背中から羽を広げた。そんな姿を見ながら国王が口を開く。
「……気に入られたかどうかはどうやって分かるのですか」
 その言葉に対して、少女はバカにしたように笑った。
「そんなことを伝えられるような分際だと思ってるのか? …………まぁ、あえて言うなれば、これから始まる一年間、幸福に満たされていたと感じられたらデウス様が満足なされたと考えればいいんじゃないか」
 少女はそう吐き捨てて少年を抱え込みながら空へと消えていった。
「…………気に入ってくださるといいのだが……」
 国王は小さく呟いた。

「ご苦労だった、アリア」
 黒い城の最上階で赤色の豪華な椅子に腰掛けている、険しい顔の黒い立派な角が生えた男はそう言った。
 国王に不躾とも言える態度を取っていた少女は、片膝をつきながら、深々とお辞儀をして言った。
「お褒めに預かり光栄でございます、デウス様」
「下がって良いぞ」
「……はっ」
 アリアはもう一度お辞儀した後、静かに立ち上がり部屋を立ち去った。
「……さて、少年よ。そなた、名前は何という」
「………………名前、ですか……? ボクは神様の供物として生まれたも同然。名前なんていう素晴らしいものはボクには付いておりません」
「…………なるほど、名無しか。それなら、『サルサ』はどうだ」
 そう優しい口調で問いかけたデウスと対照的に慌てたような口調で少年は言った。
「そんな! デウス様に名前を頂くなど滅相もございません……!」
「だが、供物と呼ぶには気が引ける。それならば我々の言葉で供物と意味のあるサルサと呼ぶことにしようと思ったのだが」
「ですが……」
 なおも言葉を続けようとする少年に向かってデウスは冷たく言い放った。
「……これ以上の抵抗は、我への反対だと受け取るぞ。お前は供物として来たのだろう。我に反旗を翻して果たして何の為になるのだ?」
 少年が発しようとした言葉はそれ以上声にはならなかった。すっかり怯え恐れた顔で、少年は呟いた。
「…………デウス様からの祝福に心より感謝致します」
 その言葉を聞いたデウスは柔らかく微笑んだ。
「……それでいい」
 少年は、息をそっと吐き出した。そうして彼はこれから『サルサ』という名前を名乗ることになる。
「さて、サルサよ。人間というものは供物というものに対して何らかの勘違いをしているようだが、我々も必ずしも殺したり利用したりする、というわけではない。だいたい、供物を捧げ始めたのは人間の方なのだ。毎年貰えば迷惑にもなるから殺すことも多いが、まぁ、そなたは使えそうだしな……」
 デウスは少しの間、目を瞑りながら肘置きの部分を爪でトントンと叩いていたが、やがて目を開けて言った。
「……お前に一人、教育係をつけて我々の仲間になる教育をしてやろう」
「………………なんと……」
「もちろん、使えんと感じた時点で他の供物と同じような運命を辿ることにはなるが、上手くやればアリアと同じ立ち位置につかせることもやぶさかではない」
 サルサは真っ青な顔をした後、素早く土下座の体制になって言った。
「素晴らしい役目に……さ、サルサを任命していただき誠にありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」
「……うむ。まだ、何も決まってはおらんが、そなたにとっては教育係がつくというだけでも大したものだろうな。とはいえ、今日はもう遅い。青の月がもうすぐ沈む頃だ。この話はまた明日にするか。…………プロム」
 デウスがそう呼びかけると扉が開き、青年が姿を現した。
「お呼びでしょうか」
「うむ。二階の二十四番の部屋にその少年を連れていってくれ」
「……供物を、ですか」
「サルサだ。教育係をつけて、育ててみようと思う」
「…………ああ、アイツは上手くいきましたからね」
 若干を目を伏せながらプロムはため息をついて、サルサの方へと向き直った。
「…………お前の部屋へ案内する。ついてこい」
 サルサはデウスに一礼をしてから、早歩きで歩いていくプロムのことを慌てて追いかけた。
 デウスはその姿を眺めながら小さく微笑んだ。
「あやつはどんな姿を見せてくれるのだろうな」
 こうして、サルサは人間たちの信じる神様の住む天界…………、いいえ『魔界』で過ごすことになったのだった。
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新年、あけましておめでとうございます。
年が切り替わったこのお題から、続き物としてこのサルサのお話を書いていこうと思います。
それでは今年も、どうぞよろしくお願い致します。

10/7/2024, 12:20:10 AM

 演奏者くんがいなくなった。
 実は天使で天界で過ごさなきゃいけない、なんて話を彼がいなくなった翌日に来た神秘的な空気を纏った人から聞いた。
「やっと見つかって良かった。彼は天界に必要だからね」
 教えてくれた人はそんなふうに言ってから大きな白い羽根を広げて去っていった。
 ボクが適わないようなそんな感じはしてたけど、天使様だとは思わなかった。天使様だからピアノを弾くだけで迷い子のことを帰すことができるんだ。
 結局のところ、恋心なんて抱いてはいけなかった。だって生きている世界は違う。
 ユートピアで二人きりのような気がしてたから、だからうっかり同じような立場だと、恋をしてもいい相手だと、そんなふうに思ってしまったけれど。
 …………二人でいた時は楽しかったな。もう二度と迷い子は元の世界に帰るという選択肢を持てなくて、この世界でボクのせいで死んじゃうんだな、なんて気持ちが湧き上がってきて、彼が来る前はずっと一人だったのにやけに寂しくて、目から涙が零れた。

10/6/2024, 9:54:07 AM

「星座って知ってるかい?」
「…………バカに、してる?」
 ボクがそう返すと、彼は焦ったような顔をした。
「…………ごめん」
「怒ってはないけど。……で?」
 演奏者くんが見れる範囲に星はない。星座を見れるような環境なのは権力者タワーの近くだけ。
 それなのに突然そんなことを言ってきたのはなんだ、という顔で彼のことを見つめる。
「……なんとなく、かな」
「…………なんとなくって」
「『星座』という概念は知っていてもあんまり見たことは無いから。きみもそうかと思って」
「…………最初の質問、そういう意味か…………ごめん」
「いいや。言葉足らずだったからね、僕も」
 とはいえ、ボクだってそんなには知らない。星の並びをむりやり動物とかに当てはめただけだったような気がする。
「…………ボクもあんまり知らないけどさ、ああいうのってただのこじつけだからさ、分かってて見たってそうは見えないこと多いよ」
「…………だろうね」
「二つの点が並んでるから、あれは犬ですみたいなレベル」
「………………マジで」
 彼は目を見開いてそう言った。
 いつもいつも敬語なわけじゃないけど、落ち着いた喋り方しかしないから、急に出てきた砕けた言葉に少しだけ面食らってしまう。
「……そうか、そんなレベルか……。じゃあ、知らなくてもいいかもしれないね」
 彼はそう言って、笑った。

10/5/2024, 12:22:07 AM

「記念日だね」
「もう二度と反芻はできないけれどね」
 迷い子のことを今まで完全なる操り人形にしかできなかった彼女が、初めて意思疎通が簡単な会話なら取れるような状態にすることに成功した。挨拶や名前、天気などの最低知識しか残らず、難しい言い回しをすると固まってしまうレベルではあるけれど、彼女にとって大きな変化であっただろう。
「祝わなきゃいけないね」
「……君的にこれは祝っていいことなの?」
「……なんで?」
 困惑したような顔で彼女は僕に向かってそう言った。僕には彼女の意思が分からず問い返すと、若干呆れたような表情で口を開く。
「……君にとっては迷い子を元の世界に返すのが目標なんじゃないの?」
「…………前はそうだったけどね。この世界に残るという選択が迷い子にとって最善だったこともあった。だから今は、なるべく不自由なく生きれる方がいいと思ってる。だから、今日は記念日なんだよ」
「……ふーん」
「ってことで記念日らしいことでもしようか」
「……記念日らしいことって何なの」
「…………じゃあ、踊りませんか」
 僕が手を伸ばすと、跳ね除けられると予想していた手は取られる。
「…………あんまり踊れないけどいい?」
「ちょっとでも踊れるなら上出来じゃないかい?」
「そっか」
 そのまま彼女と一緒に踊り出す。
 誘ったのも唐突で、音楽もかかってなくて、なのになぜだか息があっていて、多分傍から見たらひどく滑稽な姿ではあっただろうが、とても楽しかった。

10/3/2024, 1:39:33 PM

「死んでも巡り会えたらいいね」
「…………重い」
 そんな言葉がつい口から出た。
「重くないよ。恋人の儚い願い事じゃないか」
「儚くない。重い」
「なんで」
「…………だって死なないんでしょ、君は」
 天使様ならしいのだ、演奏者くんは。天使様は死なない。だから彼の言葉は正確には『君が死んだら会いに行くね』である。重すぎる。
「……そんなこと言ったら、多分この世界は死と生の狭間だと思ってるよ」
「じゃあもう死んでるね」
「巡り会えたってことか」
「…………それだとボクが生きてた時に会ってたみたいだよ」
「……それは、ないな…………」
 彼は酷く困ったような顔をした。なんでそんな顔をするのか、全く意味不明だったけれど。
「……まぁ、また会えるよ。死んでも、例えばユートピアで生きられなくなっても」
「…………なんでそんな断言するの」
「愛が、あるから」
「…………重い」
「ふふふ、嫌いじゃないくせに」

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