「記念日だね」
「もう二度と反芻はできないけれどね」
迷い子のことを今まで完全なる操り人形にしかできなかった彼女が、初めて意思疎通が簡単な会話なら取れるような状態にすることに成功した。挨拶や名前、天気などの最低知識しか残らず、難しい言い回しをすると固まってしまうレベルではあるけれど、彼女にとって大きな変化であっただろう。
「祝わなきゃいけないね」
「……君的にこれは祝っていいことなの?」
「……なんで?」
困惑したような顔で彼女は僕に向かってそう言った。僕には彼女の意思が分からず問い返すと、若干呆れたような表情で口を開く。
「……君にとっては迷い子を元の世界に返すのが目標なんじゃないの?」
「…………前はそうだったけどね。この世界に残るという選択が迷い子にとって最善だったこともあった。だから今は、なるべく不自由なく生きれる方がいいと思ってる。だから、今日は記念日なんだよ」
「……ふーん」
「ってことで記念日らしいことでもしようか」
「……記念日らしいことって何なの」
「…………じゃあ、踊りませんか」
僕が手を伸ばすと、跳ね除けられると予想していた手は取られる。
「…………あんまり踊れないけどいい?」
「ちょっとでも踊れるなら上出来じゃないかい?」
「そっか」
そのまま彼女と一緒に踊り出す。
誘ったのも唐突で、音楽もかかってなくて、なのになぜだか息があっていて、多分傍から見たらひどく滑稽な姿ではあっただろうが、とても楽しかった。
10/5/2024, 12:22:07 AM