(ユートピアに来る前の権力者)
今日は七月七日、いわゆる七夕の日だった。
織姫と彦星が年に一回だけ会える日。なんか雨でもカササギが橋作ってるとか、そもそも天の上だから雨降ろうが関係ないとか、そんな話が出回っているが、ともかく今日は雲ひとつない綺麗な夜空が広がっていた。
都会とは流石に言えないけれど、かといって凄い田舎というわけでもないボクの家からは到底天の川は観測できず、なんというかあまりムードとかは存在しないような気がしてた。
笹飾りを家に飾って短冊に願い事を書く、なんてことをやるようにお母様から言われて、渋々ペンを取る。
書きたいことなんて沢山あって、でも何にも書けない。『この生活から逃げ出したい』とか『お母様が殴ってくるのをやめて欲しい』とか、そんなことを書けば怒られるのは目に見えていて。
だから何を書けばいいのかな、なんて迷っていた。
普通の家の子はそうじゃないらしい。『○○が欲しい』とか『家族みんなが健康でありますように』とかそんなことを書いて家族でニコニコ笑い合うって。
ボクはそんなことできない。お母様が健康であって欲しい、なんて思えなくなってしまったから。むしろ何か怪我をしたり病気をしたりして、ボクのことを傷つけられなくなってほしいなんて願ってしまっているから。…………これも、書けない。
雲ひとつない夜空の上で、織姫と彦星は一年に一度だけあっているのだろうか。ボクと違って幸せな日々を過ごしているのだろう。
…………羨ましい。
「書けたの〜?」
お母様のそんな声が聞こえて、あわてて短冊に『世界が平和になりますように』なんていう在り来りな思ってもいない願い事を書いてお母様のところへと向かった
(演奏者くんが天使だとバレた世界線)
「演奏者くんに、友達っていたの?」
いつもの演奏会のあと、権力者は突然そんなことを聞いてきた。
なんだと思っているんだ、人を。まるで僕が友達のいないぼっちみたいじゃないか。
「いたよ、もちろん」
「へぇ。どんな人だったの?」
どんな?
「いちばん仲良かった奴は、天使であることを疑う、そんな性格をしていた」
「…………何それ」
言葉の通りだ。
あいつは天使ではなかった。というより、世間一般に知られる『天使の性格』というものに一切当てはまらなかった。もしも下界で誰かが彼のことを認知したら、きっと彼は『悪魔だ』なんて言われてしまったであろう。
「要するに、悪い奴ってことだよ」
「…………ボクと、どっちが?」
「……………………まず、僕はきみのことを『悪い奴』なんて思ったことすらないけれど」
「…………………………………………へぇ」
凄い驚いたような顔できみはそう言った。
権力者が悪い奴なのは、きっと立場だけであろう。やっていることは、現実世界に戻りたくないと願う迷い子たちを現実世界に帰らない、帰らせないという方法として洗脳を用いてるだけ。それはある意味『救い』とも言えるであろう。
だから、それを求めている、または無意識にそれを望んでいる、そんな迷い子にとってきみは『悪い奴』どころか、『天使様』だと思う人だっているだろう。
やり方が悪いだけ、とは言わない。そういう手段でなくては助けられない、そんな迷い子だっているだろうから。
だから、僕はきみを『悪い奴』なんて思わないんだよ。
(現パロ)
『権力者タワーの周辺は漆黒に包まれていて、簡単に言えば光なんか一ミリもさしてなかった』なんてことを急に思い出した。理由は明確で星がまたたく空を見ているから。
『友達』に誘われてキャンプに遊びに来たのだ。
山の中だから、普通よりも沢山の星が見える。
そういえばユートピアで演奏者くんに星を見せて欲しいなんて約束したな、なんてことを思い出した。
結果的にボクが先にあの世界を去ることになって、ついでに演奏者くんは天使様だったから死ねなくて。そんな訳でボクらの約束は果たされぬものになってしまったのだ。
「…………一緒に見たかったな」
その声は闇夜の虚空に消えるはずだったのに。
「見てるよ、一緒に」
そんな言葉が返ってきてしまった。
あわてて隣を見れば、演奏者くんがあの時と変わらぬ笑顔で笑っていた。
「………………演奏者くん」
「フォルテだよ」
「なんでここに」
「僕は天使様だからね」
演奏者くんはニコニコしながらボクを見つめた。
「会えると思ってなかった……」
「ふふふ、僕は天使様だからどんなことでもできるよ」
言ってることは何となく恐ろしさがあるのに、顔は嬉しそうで、まるで愛おしいものを見つめるような眼差しで。だからだんだんなんだか分からなくなっていく。
「じゃあ、行こうか」
「…………どこに?」
「僕らが一緒にいられる場所」
「………………行きたい」
「うん、行こう」
彼が差し出した手を握ると、なんだか暖かい感じがして、ギュッと彼のことを抱きしめた。
「かわいい」
演奏者くんがそう言った。
この世には神さまがいる、らしい。
そんなことを演奏者くんが言っていた。
言ってないことも、誰にも秘密にしたことも、全部全部神さまは知っているのだと、そう偉い人が言ってたのを思い出した。
その時はとんだ子供だましだと思ったけれど、どう考えてもボクより強くて、きっと権力者集団なんてひとひねりできちゃうような彼が言うと、なんだか本当じみてくる。
誰にも言ってないことまで知っているなら、ひた隠しにしてきた演奏者くんが好きという気持ちも知っているのだろうか。
ボクのそんな感情を知っている神さまはボクのことどう思ってるんだろうか。
…………聴いてみたいような、そんなことないような、そんな複雑な感情を胸に宿してしまった。
広場から花畑に行くまでの道は基本的に一本道で。花畑の奥にもまだ道が続いている。でも、そこに行こうとすると見えない壁か何かがあるのか、ぶつかってしまって行けない。
だから何か、世界として創造できなかった部分がそこには広がっているもんだと、僕は勝手に思い込んでいた。
でも、僕が不意に花畑に訪れたあの日、彼女がその奥に入っていくのが見えた。だから慌てて追いかけたのに、僕はそこから弾かれてしまった。
そして今、僕はその道の前にいる。こちらがわから通れないのは知っている。この道の先には、権力者がどうこうする何かがあるのだろう。それを突き止めることは僕にはできない。
だけど、少し前に権力者が入っていくのを見たのだ。追いかけて入ろうとしたけど入れはしなかった。でも、言い換えるなら、彼女がこんな道を通るってことは、必ずこの奥から戻って来るということが存在するのだ。だから、そこでこの先に何が広がっているのかが知りたかった。
もしかしたら洗脳して時がたった迷い子たちを何かの実験対象にしていたりとか、殺してしまっていたりとか、そういうことをしているかもしれない。
もちろん、彼女の家があるとか、彼女の趣味が詰まっているとかそういう可能性もあるし、別にそうならそうでいい。
ただ、この先に何があるのかが知りたい。その一心で僕は彼女を待ち続けることにした。