シオン

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5/7/2024, 3:36:58 PM

 ボクはその『日』も権力者集団の部屋にいた。
 ボクの洗脳する日が明後日に決まって、ボクは何もかもに絶望しちゃって。
 だからコロコロとベッドで無駄に時間を過ごしていた。
 ガン、という音と共に扉が開いて、少し苛立った偉い人が言ったんだ。
「今すぐD-3エリアに行け。お前は今日からそこの管轄しろ。『ピアノ弾き』から迷い子を守れ」
 その言葉を吐きながら、ボクに服を投げつけてきた。権力者の服、権力者の服だった。
 つまりボクは救われたのだ。また住人に戻らずに済んだのだ。
 ボクの洗脳能力が他人よりも劣ってることが気にならないくらい、ボクのことが大事だったのだ。
 そうして着替えて外に出て、管轄のとこまで行ったとこで見つけてしまった。
 風にたなびく白銀の髪。憂いを帯びた顔。
 その全てがボクの鼓動を早くした。
 と、同時に彼がピアノを弾いてるという事実がボクの心を否定した。
 彼が『ピアノ弾き』なんだ。彼がボクたちの敵なんだ。
 恋心は生まれると同時に消さなきゃならないものとなってしまった。

5/6/2024, 4:32:55 PM

 明日世界が終わるなら、ボクは一体何をしようか。
 世界が終わる。つまりボクたち権力者集団がこの世界をコントロールできなくなること。
 ということは誰も彼もみんな死んじゃうってことだ。
 そしたら演奏者くんに好きだと伝えてみようか。
 どんな顔をするんだろう。
 『気持ち悪い』とか言われた軽蔑されるかもしれない。そしたら悲しいけれど、気持ちを伝えられてよかったと思えるだろう。
 『僕も』なんて返されたらどうしようか。付き合うのだろうか。それとも両想いのまま1日過ごすのか。どっちにしろ人生最後に互いにいい思い出ができる。
 でもさ、世界が終わるってそれだけじゃない。
 ボクが死んじゃうだけでも、ボクにとっての『世界の終わり』ではある。
 その時はどうしようか。
 ボクは、ボクは⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
 でもボクが死んじゃう『世界の終わり』なら何でもない顔をして、なんでも無い日常を過ごしたい。
 まるで永久にこの日常が続くように振舞って、そのまま消えるように死んじゃいたい。
 そのことに演奏者くんが心を揺さぶられたら、それはとても素敵だな、なんて。

5/5/2024, 2:19:54 PM

(付き合っている世界線)

「きみと出会ってからすごく幸せだよ」
 そう言ったらきみはやけに怪訝な顔で言った。
「急に、何……?」
「まるで前みたいな反応だね。僕たち、付き合っているんだよ?」
「それはそれ。これはこれ。突拍子なさすぎて、ボクは理解不能なんだけど?」
 そうかな、なんて思った。
 僕がもともといた天界で付き合っていた天使たちは日頃の感謝を述べるのは真っ当なことで、常識だった。
 だからやってみたのだが、どうやら彼女には不評らしい。
「…………事実を伝えただけだけど」
「……………………演奏者くんはいつからポエムみたいな言葉を吐くようになっちゃったのかなぁ」
「フォルテ、だよ」
「…………皮肉に気づかない鈍感くん」
 むっとした顔で言われて、僕は首をかしげた。
 何が皮肉なのか、理解不能だ、なんて言ったらきみはさらに怒るから何も言えないけれど。
「メゾは僕と出会って何か変わったかい?」
「そりゃもう、めちゃくちゃ。権力者という集団で大混乱。ユートピアの常識が覆されたんだから。その結果、住人に戻されそうだったボクが君担当として使われることになった」
「じゃあ、僕のおかげできみはここにいるのかい?」
 そう聞けば、少し考える素振りをした後、頷いた。
「そうか。それはうれしい」
「あと、フォルテと出会って変わったことでしょ? 何かあったかな……」
 さっき、名前で呼べと圧をかけた身で言う事ではないが、彼女に名前を呼ばれるのはそれなりにめちゃくちゃドキドキする。
 今までは『演奏者くん』と、役職名+敬称だったのが『フォルテ』と突然名前の呼び捨てに変わってしまえば動揺するのは当然で。
「ああ、恋心を知ったこともだね」
 心臓が大きな音を立てた。
 恋心を知った? 僕に出会って?
 何気ない顔で考えていたメゾはこちらの方を向いて少し微笑んで言った。
「顔、真っ赤だね。フォルテ?」

5/4/2024, 4:24:33 PM

 基本的に『ユートピア』に音がない。
 音がない理由は全くわからないけど、鳥がいないとか、風があまり強くふかないとか、そういう要因なのかな、なんて勝手に思ってる。
 そんな世界だから、演奏者くんのピアノというのはわりとどこにいても結構大きく聴こえる。
 楽器だから響くとかそんな理由なんだろうなって勝手に思ってる。
 でも、彼は本当に時々、ピアノを弾きながら鼻歌を歌ってたりする。
 それは本当に小さくて、ピアノの音にかき消されることが多かったけど、でもたまに聴こえる。
 それが今だ。
 耳をすますと、楽しそうに鼻歌を歌っている。
 うかれてて可愛いな、なんて思ってしまった。

5/3/2024, 3:48:05 PM

「演奏者くんってなかなか気持ち悪いよね」
 僕が発した『何か二人だけの秘密を持ちたいよね』に対する一発目の言葉がそれだった。
 気持ち悪い⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
 ただでさえ他人に言われると傷つく言葉を、よりによって好きな人に言われた、というショックに思わず崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。
「⋯⋯秘密っていいじゃないか」
「誰にも言わないから秘密なんじゃないの? 大体秘密にしたとこで誰かに聞かれたりバレたりすることはないじゃん」
「それはそうだけど」
 でも二人だけの秘密を共有してるなんて、とても親密度が高そうで、要するに彼女ともう少し仲良くなりたいなどという気持ちだけで行動した結果だった。
 どうやら乗り気じゃないらしい、と肩を落としてピアノでも演奏するか、とその場を離れようとした時に彼女は言った。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯好きだよ、君のこと」
「え」
「『二人だけの秘密』ね?」
 足早に彼女は去っていったけど、僕はその場から動くことができなかった。
 『好き』。彼女が、僕を?
 あまりにも嬉しいことで、飛び上がりそうで。
 でも、何となく冗談めいていて、まるで本心ではなさそうで。『二人だけの秘密』を確かめるわけにもいかなかった。

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