花が咲いている。
手入れしてるのはボクで、ずっと咲いてるようにしてるから咲いてるのは当たり前なんだけども。
花が咲いている。
基本的に灰色な世界で唯一色を持って咲いてる花。
ピンク、白、水色、紫とか。
いっぱいの色が花壇を埋めつくしている。
綺麗だな、なんて声に出すのはもう何十、いや何百にも値するかもしれなくて。
それくらい、ボクはこの花が大好きだった。
演奏者くんもこの花を愛でてるのを見たことがあるから、なんだか好きを共有出来てるみたいで少し嬉しかった。
(演奏者が権力者が大きな集団の下っ端であると気づいたあとの世界線)
楽園。
一般的には俗世のしがらみのない『人間』にとって都合のいい場所。下界の者が考えるには『天国』と呼ばれる場所。
一方のここは悪魔が支配する世界。下界の者はここを『地獄』と称している。
だけれども、だけれども、この世界に来た迷い子たちは「まるで天国みたい」ということが多かった。
つまり、見てくれが『人間にとって都合のいい場所』であれば実際的支配が『悪魔』か『天使』かなんて些細な問題であると言える。
そんなんで下界のちっぽけな世界を支配した気になって、死後はああだこうだと連想するなんて実に愚かしい話だろう。
だが、実際的に下界の者がこの世界を楽園だと思うのはわかる。
メゾを含めた権力者どもが誘惑してくるから都合のいい世界のように見える。
⋯⋯⋯⋯僕にとってはどうなんだろう、なんて淡い疑問はすぐに弾けた。
『楽園』だ。
でも不完全な『楽園』ではある。
メゾがいつの間にか僕しか頼れない状況になったら。そしたら本当にこの場所は『楽園』になるんだ。
だから、メゾ。
早く、僕の方まで堕ちておいで。
珍しく、もう何百回に一回あるかないかレベルに珍しく、風が吹いていた。
生えている花が風に吹かれてゆらゆらと動いている。
そんな様子を見てると、花が今にも動き出しそうなそんな感情が少しだけ生まれた。生きている、ということを実感させられたような、そんな感情も。
実際『生きている』と言えるものはこの世界では花だけでそれ以外の全てが死んでいる、と言うのもあれだけど、時が止まっているこの世界で『生きている』とは言い難い。でも花は昼も夜もないこの世界なのに、唯一枯れたりしおれたりしてしまう。だから水を上げなくては死んでしまうのだ。
日課⋯⋯とは言えないけど、大体通った時に水をあげるようにしている。
日付とか時間とかそういうものがないから、まぁ大体目安を測りながら。
だから本当にいいのか悪いのか、効果はあるのかないのか全く定かじゃないけれど、なんだか水を定期的にあげてるほうが元気に見える気がして、だからきっと効果はあるんだろう、多分。
全部に水をあげ終えた時、音楽が聞こえてきた。演奏者くんが弾くピアノのメロディが。
なんだか風にのって聞こえてくるみたいだな、なんて思いながら、近くのベンチに座って目を瞑る。
彼の演奏はいつも違うけど、今日の演奏はとても楽しげに聴こえた。きっと、彼も風が吹いて変化が生まれたことに少しだけ嬉しさを感じているのだろう。
この世界はずっとずっと不変なわけじゃない、いつか変わるんだと、そう思えるのだろう。
「『刹那主義』って知ってる?」
僕がピアノの前に座って何を演奏しようか考えていたら、そんな声がかかった。
ニコニコとした顔で権力者がピアノから一メートルほど離れたところに立っている。
「⋯⋯⋯⋯『その瞬間を生きることに注力をかける人たちの考え方』だよ」
「なーんだ、知ってるのか⋯⋯⋯⋯」
幸いにも前に聞いたことがある言葉だったからと普通に答えたら酷く落胆した顔をされた。
「⋯⋯⋯⋯まぁ、一応」
ここの世界にいれば一生思い浮かばなそうなことだけれど。
永遠という言葉がひどく似合うこの世界は、誰も年老いたりしない。そもそもずっと昼で『時間』や『日』という概念すら存在しない、そんな世界では『刹那主義』などという言葉は生まれないだろう。
「⋯⋯⋯⋯ボクね、その瞬間を生きるっていいと思って。だからさ、ちょっと付き合ってくれない?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯何をするんだい」
「いつもしないこと」
きみと僕が二人で意図して何かするのはもう既にいつもしないことじゃないか、などという疑問は口から出る前に弾けて消えた。
「楽しそうだからいいよ。今日は迷い子も来なさそうだし」
「いいの!? やった〜!!」
無邪気に権力者は笑った。
いつもの僕に向けるいたずらっ子のような笑顔とも、迷い子に向ける優しい笑顔とも違う、まるで本心のような笑顔。
キラキラと輝いて見えて、きみは僕が黙ったままなのを気にして辞めてしまって。
それは刹那のキラメキとなった。
生きている意味って、何なんだろう。
ふとそんなことを思ってしまった。
というかそもそもボクが生きていると言えるか、まずそこから。
ユートピアに来る前、ボクは迷い子達が元々生きていた世界と同じようなとこにいた。
そこからここにやってきて、もう凄く長い時間をここで過ごした。そしてこれからもずっとここで過ごしていく。
全く歳を取らなくなったボクは果たして『生きている』って言えるのかな。
空を見上げても、周りを見渡しても『生きている』と言えるものは花くらいしかなくて、それほどまでに生命というものに欠けた世界。
生きていないのかもしれない。ただ存在しているだけなのかもしれない。
まるで、ただの物のように。