「『刹那主義』って知ってる?」
僕がピアノの前に座って何を演奏しようか考えていたら、そんな声がかかった。
ニコニコとした顔で権力者がピアノから一メートルほど離れたところに立っている。
「⋯⋯⋯⋯『その瞬間を生きることに注力をかける人たちの考え方』だよ」
「なーんだ、知ってるのか⋯⋯⋯⋯」
幸いにも前に聞いたことがある言葉だったからと普通に答えたら酷く落胆した顔をされた。
「⋯⋯⋯⋯まぁ、一応」
ここの世界にいれば一生思い浮かばなそうなことだけれど。
永遠という言葉がひどく似合うこの世界は、誰も年老いたりしない。そもそもずっと昼で『時間』や『日』という概念すら存在しない、そんな世界では『刹那主義』などという言葉は生まれないだろう。
「⋯⋯⋯⋯ボクね、その瞬間を生きるっていいと思って。だからさ、ちょっと付き合ってくれない?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯何をするんだい」
「いつもしないこと」
きみと僕が二人で意図して何かするのはもう既にいつもしないことじゃないか、などという疑問は口から出る前に弾けて消えた。
「楽しそうだからいいよ。今日は迷い子も来なさそうだし」
「いいの!? やった〜!!」
無邪気に権力者は笑った。
いつもの僕に向けるいたずらっ子のような笑顔とも、迷い子に向ける優しい笑顔とも違う、まるで本心のような笑顔。
キラキラと輝いて見えて、きみは僕が黙ったままなのを気にして辞めてしまって。
それは刹那のキラメキとなった。
4/28/2024, 1:46:06 PM