泣かないよ
「ごめんね。」
もう終わり、だから呟いた。
足先は震えている。
鼓動は変に落ち着き始めた。
そのまま進むだけだ。
私は私の思うまま。
好きなように、私のしたいように。
もう、泣かないよ。
君の前ではね。
《逆さまの彼女の日記》
星が溢れる
随分つまらない毎日を送っていたな。
決まった時間に鳴り響く目覚まし、いつもと変わらない朝ごはん、通勤ラッシュの窮屈な電車、時間割通りに進む授業。
日々のルーティンが、本当に退屈であった。
だけど、あの日から変わったんだ。
一目惚れだった。
君を一目見て、その瞬間視界には星が溢れた。
眩しくて、一気に風景が色付いたような気がしたんだ。
君だけが、私の曇りきっていた心に光を差してくれたんだ。
だけど私には分かっている。
星には手が届かない。
誰もがみんな
私は自他ともに認める程頭脳明晰でみなが見とれる美貌を持つ、いわゆる高嶺の花。
いままで泣かせた男は数しれず。…と言っても、そいつら私に告白するまで一回も話したことない奴らばかりだったけれど。
だけど美貌だけでは人は寄り付かない。中身も美しく、花のようにたおやかに接する。
そうやって私は、今日までを過ごしてきた。
欲しいものは全て手に入れてきた。
欲しいものを手に入れるためなら、メイクも、勉強も、人に優しくすることだって頑張ってきた。
だけど――。
あなたはそんな野草にうつつを抜かしている。
私はあれの何倍も、頭も、顔も、人望もあるのに。
あなたはなぜ私を見てくれないの…?
誰もがみんな振り返るほどの高嶺の花が、唯一手に入れられないもの。
安心と不安
ふと、安心することがある。
母の優しい笑顔、父の大きな手、柔らかい布団、暖かい日差し。
全てが私を包んでくれる。
ふと、不安になることがある。
知らない人の冷たい目線、ひとりぼっちの部屋、暗い帰り道、点数の悪いテスト。
全てが私を突き抜けていく。
安心と不安は表裏一体だ。
安心した後は不安になるし、不安の後は安心できる。
不安も悪いものでは無いし、安心ばかりは少し怖くなる。
逆光
「あああ…やっぱり緊張します先輩…。」
舞台袖から見える人の山々。今からあの視線が全て自分たちに向けられると思うと、心臓を吐き出してしまいそうだ。
「弱気なこと言わない!」
「いっ、た!」
バシィッ!と先輩のキツイ一発をくらっても手の震えは止まらない。
「せ、先輩は緊張してないんですか…?」
「してるよ?今にも気絶しそうなくらいにはね〜。」
飄々とした態度で先輩は答える。普段からこんな感じだが、今日に限ってはどうしてそうも楽観的にいられるのだろうか。
「な、何さその目は。信用ないって思ってるだろ。」
「はい、すごく。」
「はぁ〜…君って素直でいい子だけど時々刺してくるよね〜…。」
やや呆れた顔でそう言うが、呆れたいのはこっちの方だ。
「ま、でもさ。」
先輩は向き直って言葉を続ける。
「観客は私たちの緊張した姿を見るためにここに来たわけじゃないんだから、それならばそのご要望に答えてやらなきゃね?」
開演のブザーが鳴り響く。「見てなって。」と言いたげな顔をして、先輩はスタスタと舞台の中心へ歩いていく。
先輩は、逆光を背負っていた。