空が紫色に変わる頃、彼に内緒で家を出た。
小道の水溜まりに映るのは、痩せこけた私の顔。
こんなだから、彼は浮気したのよ。
お洒落も流行も分からないこんな私が、
彼の1番なわけが無い。
分かってるのよ。私が悪いの。
それでも、傷付いてしまったの。
彼への愛が、欠けてしまいそうで。
何かから逃げ出すよう、静かに、慌てて、飛び出した。
見てしまったのは、彼の後ろ姿と、綺麗な女性の顔。
仲睦まじそうで、つい、お似合いだと感じてしまった。
そして、浮気されているのかと悟った。
責める気はない。止める気もない。
私に出来るのは、彼の邪魔にならないことだけ。
だから私は、自分から彼の元を離れた。
でも、だけど、これだけは許して欲しいの。
リビングの小さな円卓に置いた勿忘草。
彼はその花言葉を知らないでしょう。
そして、調べることもないでしょう。
だから置かせて欲しいの。
淡い青色の、小さな花を。
夏まででいい。私を忘れないで欲しいの。
貴方を心の底から愛していた、私の事を。
夜の11時半。子供が出歩いてはいけない時間。
誰もいない冬の公園は、いつもより寂しく感じた。
親と喧嘩をした。
それも、頬が赤く腫れるほどの大喧嘩。
きっかけは本当に些細だったと思う。覚えてない。
大人と子供に挟まれた心が、
親の言葉に酷く傷付き、荒れた。
小さい頃、よく遊んだブランコに腰掛ける。
足で地面を蹴り、キィキィと揺らした。
何時だって背中を押してくれたのは母だった。
何度も押してとせがみ、もっと強くと喚いた。
それでも嫌な顔ひとつせず、
ただ少し呆れたように笑いながら、
背中を押し続けてくれた。
今や会話など存在しない。目も合わない。
いや、きっと逸らしているだけ。
母はいつも見守っていると知っているのに。
きっと今日の喧嘩だって悪いのはこっちだ。
屁理屈を並べて、母を傷付けて、父に叩かれた。
母はそんな父に怒鳴って、泣き出した。
謝らなくてはいけない。
いつも背中を押してくれる、優しい母に。
道を誤ったら叱ってくれる、厳しい父に。
一番の味方であり、唯一の理解者である親に。
地面を踏みつけ立ち上がる。
母は泣き止んでいるだろうか。
父は母を慰めているだろうか。
伝えたい事が沢山あるけど、最初の一言は決まってる。
もうブランコは揺れていなかった。
「ただいま」
日本語の通じない彼に、一目惚れをした。
私は頭が悪くて、彼の話を理解できない。
それでも、好きになってしまった。
言葉の壁なんてぶち破って、私は彼と付き合いたい!
I LOVE...そこまで書いて消しゴムを手に取る。
やっぱり恥ずかしいし、自分の口で言いたいな。
今するべき事は、ラブレターを書く事なんかじゃない。
一日でも早く英語を話せるようになることなんだ!
そうと決まれば本屋に行かなくちゃ。
英語の参考書が私を待ちわびてるはずだから。
いつか、私の想いを私の言葉で伝えたい。
酷く辛い目にあった時、理不尽に否定された時、
無性にあなたに会いたくなる。
弱い心があなたを求める。
あなたは優しいから、私を救い、支えてくれる。
何も言わず、私の頭を優しく叩くだけ。
何も聞かず、私の涙をそっと拭うだけ。
私はその優しさに、何度も救われました。
それでも、今日は、今日だけは。
私が悪かったのです。すべて私の所為だったのです。
慰めてもらう資格なんてなかった。
あなたに会いに行ったのが間違いだった。
だってあなたは全てを赦してくれる。
私の罪を、何も言わずに、何も聞かずに。
それがとても、苦しかった。
一言でよかったのです。
私を一言、罵倒してくれたら。
そしたらきっと、こんなに辛くはなかった。
あなたの優しさが、酷く沁みるのです。
愛する彼に振られた深夜2時。
夜の公園に呼び出され、放たれたのは別れ話。
彼の顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
虚しい。寂しい。悲しい。
月は私を煌々と照らす。いつもより眩しく感じた。
心がぽっかり空いたような、何かを失ったような気分。
無意識に足を進めた先は、家ではなく夜の街だった。
ふらふらと酒も飲んでいないのに千鳥足で彷徨う。
肩をぶつけ、怒鳴られ、荷物があたり、
よろけた先に居た見知らぬ男。
誰でもいい。なんでもいい。
心に空いた空洞を埋めて欲しかった。
彼じゃなくても良かった。
目配せで伝わる夜の雰囲気。
相手の顔なんてろくに見てない。
ただ、この切なさを紛らわすための相手。
それ以上でも以下でもない。
この一夜だけの関係が、心地良かった。
月明かりの届かない所まで、手を絡めて歩き出す。
深夜の闇に溶け込んで、心の傷を塞いで欲しい。
彼のことを忘れてしまえるように。
彼以外でも愛せてしまえるように。