けたたましいアラームとともに目が覚める。
朝だ、仕事だ、起きなければ。
6時20分に設定しているアラームは、一旦目を覚ましておくための予備みたいなもので、本当なら6時50分まで眠れることを私は知っている。
ただこのアラームを無視すると永遠に起きれなくなるのでとりあえずアラームを止め、そのまま携帯を眺める。携帯を眺め、目を瞑り、このままではいけないとまた携帯を眺め、半強制的に目を開ける。
最近は凍えるように寒く、それもあって中々布団から出られない。一体こんな朝を何度繰り返していくのだろう。
社会人初めての冬が始まっていく。
地元遠いんだ。お母さん寂しいんじゃない?と言われる度、そうですねという言葉と共に浮かべた笑顔が固くなる。
良い家庭が光なら私の家はなんなんだろう。
暴力は振るわれなかった。習い事や進学もさせてくれた。
ただ、ご飯を家族揃って食べた事だけがなかった。
楽しい会話などは外出している時だけで、そもそも会うことがない。会わないから知らない、気付かない。話さないから喧嘩もしない。無関心と無傷の中で生きてきた私は、あ、やっぱり無傷ではないか。見えない傷はきっと胸の中についている。
家を出た今、毎日一人で食べているご飯の方が不思議と味がする。
こんな心の中を知って欲しいわけではない。光と影、白と黒、良い家庭と悪い家庭、きっと本当はみんなどっちつかずで本人にしか分からない地獄がある。
そんなことを思いながらへらっと笑った私の顔を声をかけてきた相手は満足そうに見ていた。
そして、いつの間にか彼女は家を出ていった。
シンクに溜まる皿、畳まれず残る洗濯物。掃除機くらいかけようかと重い腰を上げてもそれは充電切れで、電源コードを探すのも億劫になりやめてしまう。
カーペットの上にごろりと転がり床に落ちていた髪を拾う。
髪の毛ってこんなに落ちてるのかと少し驚き、それを意識しないでいれた生活を思って目を閉じる。
大事にしないと、と思う気持ちは月日と共に薄れていた。
彼女が目の前で出ていったとしてもきっと俺は追いかけない。
急いで飛び出して抱きしめて謝る、みたいな芝居をうつ元気もなかった。だから黙って行ってしまったんだろうな。
不意にガチャとドアが開き、寝転びながら目をやるとそこには部屋に入らずに佇んでいる彼女が居た。
芝居は彼女の方からうつようになっていた。
ゆっくりと起き上がり両手を広げる。
涙を滲ませながら駆けてくる彼女の手にはアンティークのフォークが握られていた。
食べてるものをひと口くれるとか、なんならそのひと口目をくれるとか、エアコンの温度を変える時に一声かけてくれるとか、そういう小さなことに気付く度これが愛なんだなと思う。好きとかではなくて愛情の方。私はどうして大事にできないんだろうな。
屋上に居て下を眺めても誰も助けてくれる訳ではないことをどうして気付かなかったのだろう。足をかけてもなお人の気配すらしないこの屋上に何を期待しているのだろう。そういう場所を選んだのは私なのに、心の底では助けて欲しいと思っているのか。
私の人生はドラマではなく漫画でもない。私の人生の主人公は私だけど、放映されても誰の心も掴まない。怖くないわけでも引き返したくないわけでもない。ただ、帰るのにはもう一度柵を登らなければいけないから、こんな山奥から帰るにはタクシーをつかまえないといけないから、帰ったところで部屋には誰もいないから、それを考えると面倒だなと思ってしまう。死にたいと思って来たんだしな、と思いながら死ぬ理由をひとつ増やす。ああ、じゃあもういいか。怖いな。でも帰るのもこれからの生活も考えたくない。疲れたな。ほんとに疲れた。
「今までありがとう」と小さく呟いた彼女はスマホを前に投げそれを追うかのように足を踏み出した。