「土曜の夜、イルミネーション見に行こうよ」
「理由は?」
「…まあ、特に深い理由は無いんだけど、コロナも開けたし、去年より屋台が多いかなと思って___奢るからさ、どう?」
「外、寒いから嫌」
とかいいながらも、結局2人でイルミを見に行って、
結局、誘った俺よりも楽しんでくれている。
やはり今年も行くのが正解であったと、
ほっと胸を撫で下ろした。
『愛を注いで』
街道の隅に、美しい女性が立っていた。
女性は透明なグラスを両手で抱え、それを少しはだけた胸元まで運ぶと、こう呟く。
「私に愛を注いでくれませんか」
その時、たまたま通りかかった酔っ払いが彼女の顔を覗き込む。
酔っ払いは気持ちの悪い笑みを浮かべると、いやらしく鼻元を伸ばし、グラスに並々と札束を満たしていった。
「ありがとうございます」
女性はにっこり微笑むと、札束をポケットに詰め込んで、酔っ払いを置いて1人で何処かへ去っていった。
その様子を遠くから眺めていた自分は、こんなに簡単にお金を稼ぐ方法があるのかと感銘を受け、翌日、早速これを実践することにした。
「私に愛を注いでくれませんか」
空っぽのグラスに並々と愛を注いでくれる紳士を求め、昨日女性が立っていた街道へと足を運ぶ。
しばらくすると、通りかかった酔っ払いが、うすら笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。
アルコールの匂いを漂わせ、酔っ払いは顔をぐいと近づけると、空っぽのグラスへと視線を落とす。
「おろろろろろろ」
そして、空っぽだった俺のグラスはあっという間に満たされたのだった。
『心と心』
先生は、どうして僕を選ばなかったんだ。
卒業式で最後に別れの挨拶を告げる代表者に、少年は選ばれなかった。
成績は常にトップ、人当たりも良く、誰よりも行動的。
今年の学芸会が無事成功したのも、生徒会長である少年のお陰だ。
卒業生の全員が、少年が選ばれると確信していた。
しかし、それでも少年は選ばれなかった。
その上、先生はなぜ、よりにもよって出来損ないのあいつなんか選んだんだ。
べつに挨拶がしたかった訳じゃない。
ただ、優秀な自分を差し置いて不出来なあいつが選ばれたことに納得がいかなくて、無性に悔しかった。
ただ、それだけのことだった。
卒業式当日。
卒業証書を受け取った後、いよいよあいつがステージの中央に立つ時が来た。
しかし、というか案の定、演説は見るも無惨な結果に終わり、あいつは全校生徒と保護者たちの失笑を見事に掻っ攫った。
だけど、少年だけはそれを笑えなかった。
不器用でも必死に感謝の言葉を述べるその姿を見て、何故だか自然と頬から雫が零れ落ちる。
最後に自分が選ばれなかったことが悔しくて、憤って、許せなかったけど、
それでも、なぜだか最後にステージに立つのが彼で良かったと、
心の底から思えたんだ。
帰り道、薄暗い路地を歩いていると、
前方の街灯が照らすやわらかな光の下に、長い髪の女性がぽつんと1人で立っていた。
物悲しげに俯く女性の右手には、大きな黒いビニール袋が握られており、
中身が何かは分からないが、
詰め込んだ中身が浮き出すほど、袋は異様に膨らんでいた。
垂直に垂れた髪の影に隠れて、女性の顔は見えなかったが、
女性は1人で何やらひそひそと話しているようで、
時折、濡れた雑巾をひたと当てられたような冷たく乾いた笑い声を溢した。
気味が悪なった私は、さり気無く女性から視線を外すと、
街灯に近づくにつれ足取りを強めた。
私が街灯の光を踏むと、何故か女性の声はひたと止まり、
荒々しい息遣いと共に不気味な視線を感じるようになった。
生きた心地がしない。
首を絞めらるような息の詰まる感覚が、錯乱した私の足取りを止めてしまう。
相変わらず女性を見ぬように顔を逸らしてはいるが、向こうは明らかにこちらに見つめているようだった。
どうして私は足を止めてしまったのか、
ここで何事も無かったように歩き出しても、私の不自然な挙動に女性は不信感を抱くだろう。
「…あの」
糸屑のような細く冷たい声が鼓膜を通り抜け、堪らず体を跳ね上げる。
恐怖の余り私の体は金縛りのように動かなくなってしまう。
辛うじて首を捻り女性の方を振り向くと、
「……あの…ゴミ捨て場はどちらでしょうか」
集団の中で誰かに鋭い眼差しを向けられると、
萎縮して何も出来なくなってしまう。
また自分は何か間違えてしまったのだろうか。
怖いのは間違えたことより、
何を間違ったのかが分からないこと。
一つだけ分かるのは、ここで逃げちゃダメだということだ。
大勢の中で堂々と振る舞える人には本当に憧れるし、
なれるのなら自分だって成りたい。
多分そういう人たちは、
周りから自身がどう見えているのかよく理解出来ているのだろう。
周りの顔色ばっかり伺って、
自分の事はこれっぽっちもわかっちゃいない。
いつも自分から逃げてばっかりだ。