駅前の路地裏、怪しげな光を放つ、占いの機械に百円玉を放り込んだ。
音を立てて吐き出された紙片には、私の運勢がびっしりと書き込まれている。
「……え、見てこれ!」
友人と顔を見合わせ、声を弾ませる。
指差した先には、こう記されていた。
『貴方の寿 は、二十五歳』
「寿(ことぶき)って、結婚ってことでしょ? 私、あと二年で結婚できるんだ!」
「いいなー! 玉の輿かもよ?」
私は浮かれた。その言葉をお守りのように大切に財布に仕舞った。
二年の月日は瞬く間に過ぎ、私は二十五歳の誕生日を迎えた。
その日は雪だった。
鳴り響くクラクション、凍った路面に滑るタイヤの音。
歩道を歩いていたはずの私の視界が激しく回転し、体が地面に叩きつけられる。
アスファルトの上で、意識が遠のいていく。
宙を舞う財布から、飛び出したあの紙が、舞い散る雪と共に、私の目の前にひらりと舞い降りた。
薄れゆく視界の中で、私はそれを見た。
『寿 』という文字のすぐ隣。
あまりにも、あまりにも小さく、それは書き添えられていた。
『命』という文字。
最後の瞬間、私は理解した。
紙に書かれていたのは、幸せの予言ではなく、人生終了の宣告だった。
『小さな命』
『LOVE YOU』
2人並んで歩く、放課後の帰り道。
アタイの隣には、教科書ばっかり見てる、ひょろっとした真面目な男。
レディースの頭を張ってるアタイが、よりによってこんな男を好きになるなんて、一生の不覚だ。
夕日に照らされた川面を見つめたまま、アタイは立ち止まった。
恥ずかしすぎて「好き」だの「愛してる」だのは、口が裂けても言えねえ……
アタイは隠し持っていた一張羅をカバンから引っ張り出した。
バサリ、と派手な音を立てて、それを羽織る。
「アンタッ……これを見なッ」
アタイは背中を向けて、仁王立ちになった。
金糸の刺繍が夕光を跳ね返す。アタイの誇り、魂の四文字。
『 愛 羅 武 勇 』
これなら、アタイの想いが届くはずだ。
心臓が爆音を鳴らす。返事を待つ数秒が、集会の喧騒よりずっと長く感じた。
背後から困ったような声が聞こえる。
「……ええと……なんて書いてあるの? 」
アタイはズッコケた。
「……もういい! 忘れな!」
「えっ、待ってよ! ちゃんと教えてよ!」
慌てて追いかけてくるヤツの顔は、どこまでも真っ白で、どこまでも純粋だった。
アタイは前を向いたまま、心の中で毒づく。
真面目すぎるコイツに、アタイのLOVE YOUが伝わるには、まだ相当な時間がかかりそうだ。
『太陽のような』
カーテンを開けた瞬間、飛び込んできた光に目を細める。窓を開けると、さわやかな風が吹き抜けた。
今日は最高の洗濯日和だ。
休日の朝、いつもより早く目が覚めた自分を褒めてやりたい。真っ白なシャツをバサリと振り、物干し竿にかけていく。
ジリジリと肌を焼くような、力強い日差し。
「この暑さなら、お昼前には乾いちゃうな」
籠を空にして、僕は大きく伸びをした。朝から充実感で胸がいっぱいだ。
達成感とともに、空に鎮座する太陽を仰ぎ見た。
「……ん?」
眩しさに目をこらす。
いつもなら直視できないはずの光が、なぜか今日は、その輪郭をくっきりと見せている。
その太陽のような物は、不規則に上下左右に移動していた。
「嘘だろ……動いてる……?」
それは、昇るでも沈むでもない。
次の瞬間。
強烈な熱線を放つそいつは、僕の干したばかりのシャツを一瞬で乾燥させると、満足げに銀河の彼方へ消えていった。
「……3、2、1」
俺は、きつく目を閉じた。全身が強張る。
運命の瞬間。
タイマーが00:00を刻む……だが、衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、液晶の数字が次の数字に移行している。
-00:01
「……は?」
爆発は起きない。それどころか、電子音は規則正しく響き続けている。
-00:03
-00:04
タイマーは止まらなかった。0を何事もなかったかのように通り過ぎ、マイナスの領域へと突き進んでいく。
1分が過ぎ、1時間が過ぎ、24時間が経過した。
配線を引き抜いても、叩き壊そうとしても、赤い数字は無慈悲にマイナスを刻み続ける。
死ぬ覚悟は、いつの間にか空腹感に取って代わられていた。
一ヶ月が過ぎ、一年が過ぎた。
もはや誰も、これが爆弾だったことすら覚えていない。
ただ、赤い数字だけが虚しく減り続けている。
「……もう、いっそ爆発してくれよ」
電子音は、今日も規則正しく響き続けている。
『0からの』
『同情』
僕が担任するクラスの片隅には、金魚の住む小さな水槽がある。
ある日、金魚の尾びれが裂けているのが見つかった。
「かわいそう」
生徒が発したその一言で、教室は使命に燃えた。
自発的に餌当番が決まり、水替え表が貼られ、休み時間には水槽の前に人だかりができた。
『回復日記』と題された絵が描かれ
「がんばれ」と声がかかる。
金魚は、みんなの視線の中心で泳いだ。
一ヶ月後、尾びれはきれいに再生した。
「もう大丈夫だね」
水槽の前からは、人だかりが消えた。
元気に泳ぐ金魚は、誰の目にもとまらなくなった。
そして、綺麗だった水はゆっくりと濁っていく。
再び弱りはじめても、今度はもう誰も見向きもしなかった。