#32 『君の名前を呼んだ日』
初めて「君の名前を呼んだ日」のこと、
今でも鮮明に覚えている。
小さく震える声で、まだふにゃふにゃだった赤ちゃんの君に、
そっと呼びかけた。その瞬間、君の目がゆっくりと開いて、
私をまっすぐ見つめ返してくれた。
まるで、その言葉が君に届いたことを教えてくれるように。
あの日の喜びと感動は、何物にも代えがたい宝物。
たった一つの名前が、私たちを強く結びつけてくれたんだね。
#31 『歌』
目を閉じれば、すぐに浮かんでくるのは母の優しい歌声。
幼い頃、不安な夜にはいつも、あの温かい声が私を包み込んでくれる。歌詞はもう思い出せないけれど、、。
そのメロディと、母の腕に抱かれていたときの安心感だけは、
鮮明に心に残ってる。
あの頃の母は、若くて、少しだけ不器用で、
でも誰よりも私を愛してくれた。
子守唄を歌いながら、
時折、私の頭を撫でてくれたその手の温もりも、
今でも忘れられない。
#30 『昨日と違う私』
「何か、違うわよね?」誰かの囁きが聞こえた。
知っている。
私が昨日とは違うことくらい、、
自分がいちばんよくわかっている。
この手で双子の姉の首を絞めた。
その記憶は、まだ指先にべっとりと張り付いている。
そして今私は姉の服を着て、姉の顔をして、姉として生きている。
みんなが感じる違和感はきっと私から滲み出る悪意か、
あるいは姉の死の残り香だろう。
でも構わない。ずっとそうしたかったのだ。
あの光り輝く姉が、いつも私を影に押しやる姉が、、
心底「大嫌い」だった。
その存在すべてが羨ましくて、吐き気がするほど憎かった。
もう二度と彼女の影を踏む必要はない。
私が、彼女なのだから。
#29 『空に溶ける』
約束された時が来た。
病室の窓から見える、どこまでも広がる青い空。
かつては恐れた死も、今は穏やかな解放に見える。
僕の体はまるで一枚の薄い和紙のように、
ゆっくりと空気に溶け始めた。
記憶も感情も、全てが遠い彼方へ。
僕はあの空の彼方で、自由に漂う雲の一部になる。
#28 『まだ知らない世界』
目に見えるものだけが全てではない。
音の向こう、言葉の隙間、歴史の陰に、
まだ知らない世界は静かに息づいている。
固定観念という名の国境を渡り、心の目を凝らした時、
新しい発見が僕たちを待っているだろう。