脳裏に焼き付く君の素肌、ごめんと言ってぱっと閉めた戸の向こうにはまだ着替えの住んでいない君がいる。
無防備なのは、本当に良くない。
据え膳食わぬは男の恥なんて古臭い言葉に僕は騙されない、何事も冷静なのが紳士的なのさ、
そっと、風呂場を後にして、朝方まで頭を抱えたのは僕だけの話。
大きく声をはりあげ思い切り刃を振り下ろす。叩き切る、という表現が正しいだろう。塵となる敵は風に飲まれ土へ帰り、何になるのだろうか。
水分は水になりて雲となり山から海へ、命の循環を繰り返し豊かにする。それでは僕は?僕たちは?敵達は?
最後には砂鉄となって日用品に成り下がるか、また別の付喪神として顕現する日が来るのか
その疑問は尽きることは無い。でもね、ひとつ確かなのは君の笑顔が1番の大切ってことかな
まぁ、たとえば、フライパンになっても武器にはなり得るだろう、君を守れる物に魂でさえ尽きるまで尽くそうじゃないか、主、どうぞよろしくね
新人に声をかける。
「顕現したばかりの身体では、人の生活とやらにまだ慣れないだろう」
ぼうっと月に近づく金星を見つめる新人君はたった今僕に気がついたというように肩を上げゆっくりと振り向いてまた金星に視線を移した
「まぁ」
とだけ呟いた彼は案外見た目に反して大人しい、ふうっと擽るような風が吹くと邪魔な前髪を耳にかけつつ彼の隣に座る。
「未来、可能性、想い、それと主の心。その他を混ぜて無銘の脇差しに神力を注いだら君ができた。その主の心、とやらが僕は気になるのだけど、なかなか興味深いね」
「お前…なんのつもりだ」
なかなか鋭いのも主譲りなのだろうか、ますます羨ましいなと少し伏せ目がちに思えばもう一度彼が口を開く。
「…オレらは要するにテスターって奴だ、きっと今に5分前の世界は崩壊する」
「哲学には疎いのだけれど」
「もうおせーってことだよ」
もうすぐ夜が開ける。宵の明星は太陽の光に隠れ初め彼の赤眼を照らす。眩しさに彼は目を細めるとそのまま僕に微笑みかける
「邪な気持ちは分かる、主はそういう奴だぜ。5分前の世界が大事なら今の主を俺らで攫っちまうか?明日また新しいテスターが来る」
それは聞いていない、どちらの言葉にも驚いて立ち上がると僕が何か言う前に窘めるよう手を前に出し静止するよう仕草をとった
何かを既に悟った彼の目は戦に出られない体とは思えない焔が宿るよう赤く赤く眩しい
「この本丸に来たからには皆まとめて主もお前も守ってやる、それが主の心だ。任せな」
つい笑ってしまう僕は、無性に嬉しくて新人の彼の頭を両手で撫で回してみる
「大口を叩いて、僕は文系だよ?考えがないわけは無い。でも…面白い子だね」
鶏が鳴いたら主を起こして、歯磨きをさせ朝の支度を終わらせる。後に、すぐ近侍の名を受けその未来を見据えた場所へ赴く、新しいテスターとやらを迎えに。新人君には相棒が必要だ。主を守るために、僕の相棒と同じように、ね
なんてそれは、別の話で。
貴方は沢山いるけれど、私の貴方はせかいにひとつだけ。
お馴染みの画面をタッチすると「僕が雅じゃないって?誰が言ったんだい」など不機嫌そうなセリフを放つ。
ひとつ、ぽちりと画面を押せばおかえりなさいとセリフを言うものも。
そうしたら、ただいまと言わざるを得ない。
なんて狡い私の世界に一つだけのあなた達。
ずっとただいまと言わせてね
薄紫色に染る空は、もうあと少しで太陽が月とさよならをする時間を告げる。少しの間、数時間のさよなら。
君のしわくちゃになった手を取った。変わらない君の綺麗な肌色は僕よりほんの少し赤みがかっていて、暖かくて好きなんだ。
…ああ、少し、お眠りよ、この顕現を解いたら僕もすぐそちらにお供するから。少しだけのさよならさ