お題「私だけ」(雑記)
自分を振り返るシリーズ?
私だけ……なんでこんな目に遭うんだろうとか前世で何やらかしたんだろうとかはたまに思うけど、現代の人間に生まれるとかただの罰ゲームだと思っている。
お題「遠い日の記憶」(雑記)
このアプリで書いている話がどれも昔の記憶だからなぁ。
特別に記憶として思い出す内容がない。
とか書いていたんだけど、ちょうど今さっきネタが落ちてきたというか製造してしまったというべきか。
毎年五月末、父の実家のお寺で父方の曽祖父と親交があった、歴史の教科書に載る有名人の追悼法要を催している。
曽祖父の友人(一応こちらも同じ分野の有名人)と後に結婚したという縁もあり、小学館から刊行されている「まんが日本の歴史」シリーズ(多分)に数コマだけながら曽祖父が出てきた程度には有名な交流関係。(読んだ当時の同級生には信じてもらえなかった)
で、日付は忌日だから毎年固定で、平日でも土日でも無関係。
中学二年だったか、ちょうど土曜日だか日曜日だかにその忌日が当たったから、行ってみたいと頼んで、同じく参列する父とは別に行く事になった。
他県在住で当時ネットも携帯電話もなく、高額を子供に持たせるのはどうか、という事から片道の交通費+αぐらいだけ持って行った。
(今から思えばテレフォンカードぐらい持たせろよとは思う)
私鉄1→JR→私鉄2の乗り換えの最後の私鉄の、途中駅で降りるべきところを「○○行き」の○○だけを覚えていたため間違えて終点まで行ってしまった。
気づいたのは駅を降りてから。最後の百円玉で実家にその旨を伝える電話を掛けて、後はひたすら線路に沿って沿線を歩いた。
どれぐらい掛かったか記憶になかったが、今調べたところ一時間半の道のりらしい。
2000年頃の当時は、今みたいに地球温暖化とかそんなに騒がれていなくて、五月末でもそんなに暑くなかった、はず。
お金も連絡手段もないから歩くしかなかったんだけど、水分も買えなかった記憶が辛うじてある。
電話に出た母から父の実家宛ての伝言ゲームに失敗したのか、「終点まで行ったから折り返して間に合わない」と伝わったらしく、叔母からは「駅に行ったらちょうど電車が来たから、あれに乗っているのかと思って帰った」と言われた思い出がある。
二時からの追悼法要どころか、その後の記念行事が全て終わった四時頃にようやく父の実家に着いた。
なお、最寄り駅から徒歩五分ぐらいある上に土地勘もはく、ついでに私は方向音痴なのだけど、追悼法要のお陰で「○○忌会場 ○○寺はこちら」と案内看板が出ていて、駅からは迷わずに済んだ。
そんな思い出が今日蘇った。
初めて降りた駅に買い物に寄ったのだけど、帰りはGoogleマップで見る限り電車の線路沿いだったせいで、線路から時々大幅に離れた道になって方角がわからなくなるのが怖かったのが原因。
私鉄も割と線路が見えなくなるぐらいに離れる場所があった。(父はなぜかその事を知っていて、よく迷わなかったなと言われた思い出)
駅のホームは見えているのに改札が全く見当たらなかったせいで結局駅を一周してしまい、目的とは逆の改札を通る羽目になった……。
私が電車を降りた時に出たの、南出口だったんだけど!?(方向音痴な上に記憶力はない。Googleマップを見れば良かったと心底後悔した)
買い物は、明日使いたいなと思っていた目的のものは完売していたらしくて見当たらなかったけど、代わりに情報を得るのが遅くて他のお店で完売していたものが色々見つかった。わぁい衝動買い!
「空を見上げて心に浮かんだこと」(雑記)
……今ちょうど7/6のお題だった「星空」に投稿した文章ををブログ記事用に修正していたから既視感がある。
その時にも書いた。「最近、空見上げてねえなぁ」
こちらは「空」だから夜空でも昼の空でもいいんだろうけど。
洗濯物を干す時と、着替えるために洗濯物を取り込む時にたまに空を見上げて天気は確認しているけど。暑そう、曇りか、雨降りそう、以外考えていない気がする。
星空を見上げる心の余裕が欲しい。
考えていたら、昔は印象派が好きだった影響か、夕焼けになる前、日が暮れ始める頃の少し雲が掛かった空が好きでよく見ている気がする。
昔の職場も、立地も人間関係も休みも酷かったけど、帰りの夕方の空は割と幻想的で好きだった。
工場だから土地の安い田舎の広い敷地に平屋の建物ばかりで、そんなに高度が高くないのに広い空が見えやすかったのもある。
昔は印象派が好きだったんだけど、日本画も洋画も絵画を色々と見に行くようになってから、ぼやっとした雰囲気があんまり好きじゃなくなった。
でもモネの連作展は見に行った。ピサロとかはっきりした絵が好き。
でも結局アカデミックな、と評された古典絵画が一番好きな気がする……。
残りは明日!多分!!
お題「終わりにしよう」(雑記)
またなんか暗いお題だなぁ。しかも小説向きの。
バッドエンドもバームクーヘンエンドもメリーバッドエンドも嫌いだし、ご都合主義で良いからハッピーエンドにしてほしい。
とか言いつつ題名見て、「Love is over」って古い歌が真っ先に出てきたけど。
「Love is over / 悲しいけれど 終わりにしよう」で歌が始まる。
……悲恋嫌いだけど、失恋の歌は別に嫌いじゃないらしい、私。と今気がついた。「遍路」は良いぞう。
中学の音楽の授業で習った「あの素晴らしい愛をもう一度」が大っっ嫌いなんだけど、終わったくせに開き直ったみたいな明るい曲調が無理。過去が美化されて余計に美しく感じられる、とか逃した魚は大きいとかそんな感じ。
しかもデュエットとかじゃなくて男二人が歌っている点に尚更「だからお前振られたんだろ」とつい思ってしまう。
同じ男側からの振られた歌なら、と思ったけど、「悲しい色やね」は女性視点だから違うよなぁ。
……ちなみに挙げた歌がことごとく昭和世代なのは全部親の趣味w
歌い出しの「命懸けてと 誓った日から」で、Twitterで見た「世界の全てが君の敵に回っても←彼女何やったんwww」を思い出した。(元の歌は不明)(君に会いたくて並に頻出だと勝手に思っているけど)
若い子に受ける歌って『世界』が学校の中とか割と狭いから「世界中が敵に感じられた」ってだけなんだろうなとは考えている。
シンガーソングライターにも深い歌詞を書く人がいるとは分かっているんだけど、「好き」とか「永遠」とか「奇跡」とか歌っちゃう神経が嫌い。だからって深すぎても読み取れない読解力しか持ち合わせていないけど。
去年辺りにたまたま調べた歌が「戦争」とか「旅」とか物騒な言葉が出てくるのにプロポーズの歌と解説されてて目玉飛んだ。「隣に君の名前を綴って良いか」って分かんねえよ!(号泣。割と好きな歌手ではある)
一人に一台TVがあるとか昔聞いたけど、CDでもカセットテープでもなく配信で歌を聴くようになってから、親の歌を子供が聴く機会も減ったんじゃないだろうか。
Spotifyとかで流していると尚更。
前の会社で知り合った少し年下の知人はものすっごい古い歌から最新(っぽい)歌までiPhoneに?色々突っ込んで、ランダムで流していたけど。
実家は自家用車でカセットテープ二本か三本を十年近くに渡って聴き続けていて、そこから好きになって今でもウォークマンに入れて聴いている歌が何曲かある。
嫌いな歌も当然あるけど。長渕剛の「とんぼ」はどうしても受け付けないし、「乾杯」は良い歌なのにねえ。友人の婚約祝いを渡す前にカラオケ行って歌ったの思い出す。(これ以外の結婚っぽい歌は「ハッピーサマーウエディング」しか知らないし歌えない)
HOUND DOGの「BRIDGE〜あの橋を渡るとき〜」とかは今も好きで聴いている。
……全然歌詞が聞き取れないまま歌っていたのが、後年借りたCDの歌詞カードで「君の名を呼ぶ オリンピックと」となっている、五輪の公式応援歌だと知って心底驚いたりもした。
漫画「動物のお医者さん」でこの歌が出てきた時に「そんなもんそりゃ知らんだろ」と思ってしまったのが悔やまれる。
くそう、あと一年遅く生まれていたら、修学旅行先の北海道で歌碑の写真が撮れたのに!!(なんで開催から二十年以上も経ってから作られたのかは不明……)
いや、日産のケンメリの木(CMに出てきた一部の世代には有名な木。よく分からない方は「日立のこの木何の木」(ガジュマル)でも想像していただけると雰囲気だけは近いかと。糸杉みたいな細い針葉樹が数本だった記憶がある)なんて、北海道に個人的に行ってもわざわざ観光先に選ばなかっただろうから良かったけども!!!
世代が違うといえば、クレヨンしんちゃんの映画「暗黒タマタマ大作戦」の終盤でしんのすけの両親:ヒロシとみさえが相手の心を読む敵に対抗するために歌った「包んでそして 結ばれた」で終わる歌も古そうだなぁと思った。今調べたらヒデとロザンナというデュエットで歌う1970年の「愛は傷つきやすく」らしい。この映画自体が1997年なので既に古いけど……。(私もまだ見に行ってなかった頃)
ちょうど映画『三丁目の夕日』とクレヨンしんちゃんの映画『嵐を呼ぶ!オトナ帝国の逆襲』がそう年を空けずに公開された時、微妙な作中年代の差が実家で話題になった。
三丁目は東京オリンピック、オトナ帝国は大阪万博、とどちらも高度経済成長期に立て続けに日本で行われた国際イベントを扱っている(三丁目の方は未視聴。「ただ懐かしいだけ」と評判も悪かったし)
が、父曰く三丁目の方は五歳上の兄(私から見て叔父)世代で懐かしいとは思えなかった、との事。
オトナ帝国がちょうど世代だったらしい(クレヨンしんちゃんにもアニメにも反対されない家庭)
オトナ帝国は……上映時は家族で見に行ったのか兄妹だけだったか忘れた。TV放映のどこかで両親が見たのは確実。
許可が取れなかったのだろうとは容易に想像がつくけど、反乱組織の名前だった「イエスタデイ・ワンス・モア」(元ネタはカーペンターズの名曲)が流れなかったのが今でも不満。カスラック。
……今気づいたけど、鬼籍に入った叔母(父の兄の妻)が叔父と十歳差と聞いたので、三丁目の感想を尋ねていたら世代が合わない、なんて話が聞けたのかな、と思った。叔父の家は衛星放送に入っていたから見た可能性は高いし。
一昨年かな? 友人と取り止めもなく喋っていたら、YouTubeでは一度も見た事ない森田童子の「僕たちの失敗」が出てきてびっくりした。友人が聞いた事なかったのはまあ世代違うしなで納得したけども。こちらも車の中で聞いていたカセットテープの一曲。
家に8cmCDが残ってて、ドラマなんか知らねーと思っていたけど(「高校教師」って何の変哲もない題名なのによく覚えていた)ドラマはめちゃくちゃ有名だったらしい。見てみたいけど、Wikipediaで粗筋読む限りVHSも円盤もないだろうなぁ。配信なんか期待していない。
そしてその時ウォークマンで流していたQUEENの「I was born to love you」(ドラマ「プライド」)と同じ脚本家で一番びっくりした。
……歌の話で終わってしまいました。しかも古い!アプリの読者層で分かる人いるのか……?
お題「手を取り合って」(雑記)
手に手を取って……ってもう駆け落ちか心中しか思い浮かばない!笑
中学の時、国語の副教材に載っていた曽根崎心中を暗記しようとして挫折したなぁ。
国語の教科書に載っている本文を暗誦すると成績に反映される仕組みの先生で、二年の時久々に同じ組になった幼馴染が覚えていたからつられて頑張っていた。孟母三遷? いや朱に交われば赤くなるか。
さすがに二十年経ってもうだいぶ忘れたけど、それでも古典の書き出しは割と出てくる。なぜ源氏物語がなかった。
当時の流行ジャンルだった漫画『封神演義』から同人とBLの道に周りを次々と引き摺り込んだ類友ではあったんだけど。
曽根崎心中に興味を持った原因は、当時読んだ、時代劇の『暴れん坊将軍』で有名になった徳川吉宗の伝記小説の中で出てきたって理由は多分ある。
吉宗の従兄弟で尾張徳川家の当主(名前失念)が華美禁止令みたいなのの最中に、こちらも法律で禁止されている心中の歌を公式の宴で歌った、という話が出てくる。それが原因で当主が処分されるんだけど。
当主の座を譲れって吉宗が命令して、従兄弟なんだからそんなに細かい事言わなくても、って反論したけど通らず、ってやり取りがあったはず。
吉宗も同じ徳川御三家の一つから出てきた分家筋だから、舐めて掛かっていたというか、出生順がちょっと違ったら俺が将軍だったのに、みたいな不満も恐らくあったんだと思うけど。
ちなみになぜこの本を入手したのかはさっぱり不明。
自分の部屋にあるから自分で買ったんだろうけど……どこかのフリマで十円で古い漫画をまとめ買いした時じゃないだろうしなぁ。(全く知らない80年代か70年代ぐらいの一冊完結漫画を四冊程買って、全部読んだ。作者は誰一人として記憶にないけど、話は覚えている)
徳川吉宗の伝記以外にも何冊か記憶にない本がある(未読もある……。日野富子は読んでないはず)から、まとめて買ったかもらったかしたのかもしれない。あれ、もしや伝記ばっかり? なぜか一冊弟に貸したのは覚えているんだけどどれだっけ。
軽く調べても記憶にある表紙は見当たらなかったから作者も発行年数も不明。古いのは間違いない。
暴れん坊将軍の人気に便乗したのか、表紙は白い馬に乗った吉宗だった気がする。暴れん坊将軍は唯一見た時代劇でもある。
他の時代劇は記憶にないのになぜ見ていたかは不明。
人気あったからだろうなぁ。松平健。
流行に便乗するという事は母の趣味か?
吉宗は将軍の在任年数が長くて、天皇も貨幣も変わったのに、江戸のじじい(将軍)だけはまだ変わらないって狂歌が流行していると知って譲位を決めたってのはよく覚えている。
紀州徳川家だったか、分家のかなり低い継承順位だった幼少期の初恋と、将軍になってすぐ吉綱が制定した生類憐みの令を廃止したのと、ご落胤を名乗る偽者が出てきたのと、お米の取引金額をちまちま記録していたのが死後に見つかったってエピソード(これ後書きだった気がする)しか覚えていない……。
あれ、吉宗ってそんな目立たない人じゃなくない? 歴史に残りそうな重要な話が多分記憶から抜け落ちている……。
今年の夏は何日に帰ろうか。
伝記だった気がする(小説かもしれない)のに、死ぬところまで書いていたっけって疑問すら出てきた。
譲位した後すぐに死んだのか?
曽根崎心中の話に戻る。
それを読んで暗記に挫折して、かれこれ十年ほど経ってから、VOCALOIDでそのまんま「曽根崎心中」という題名の歌が発表されて、しかも近松門左衛門の歌詞をほぼそのまま使われた、なんて方法でほぼ覚えるとは、当時の私も想像だにしていなかった。
確か一般販売されたCDに収録されていたはず。
(同人CDで先に買ったし、初出は当然ながらニコニコ動画)
手に手を取り合って……と言いつつ、絶命の時は「哀れと言うにも余りあり」と言うほど苦しんだようだけど。
「死は孤独なものだ」って「マリア様がみてる」の「いばらの森」だっけ?
……曽根崎心中は男女の話なのに、出す話が両方とも百合(女性同士の恋愛)なのはどういう事なのか。
VOCALOIDの方はミクとリンの「百合ジナル」シリーズ、マリみての方は戦前に起きた女学生心中未遂事件。(ネタバレ)
二冊と番外編が三冊ぐらい出ていることに気づいたから探したい。最近探していなかったわ。
手に手を取り合って、の表現は、今好きなジャンル「魔法世界の受付嬢になりたいです」(小説家になろう初出。書籍化済み、漫画連載中)の電子書籍版限定書き下ろし話にも出てくるけど、これが一番幸せな話かな。
結婚まではしてくれないらしいけども……作者様、意外と予定は未定っぽいからなぁ。本編の後書きを読んだ限り。どんな終わり方を想定していたんだろう、当初。と果てしなく疑問。
思い出したから追記。手に手を取り合って、じゃないけど、ギャルゲー「リトルバスターズ!」の同名OP、一番の歌い出しが「ひとりが辛いから ふたつの手をつないだ」もそれっぽいなと思い出した。
「きみもひとり 僕もひとり/みんなが孤独でいるんだ この輪の中でもう気づかないうちに」って一番を否定してくる二番のサビの歌詞もめっちゃ好きです。
ほとんど曽根崎心中……じゃなくて徳川吉宗の話で終わりました!