特別クラスの男の子。
たったひとりぼっちのクラスに通う子。
何かの病気で、普通のクラスには通えない子。
誰かと話をしているところを見た事ない。
先生とか送り迎えのお母さんとも話をしてるの見た事ない
でも、見た目は普通の子。
普段、どんな授業うけてるかもわからない子。
先生たちは私達には何も言わない。
でもみんな知ってる子。
私達より少し早く帰る子。
一階の窓際の席になった私は、その子と先生がお母さんの迎えを待っているのを見た事がある。
夏の暑い日に、太陽に向かって伸びたひまわりを見てその子はニッコリ笑った。
私以外誰も見てないと思う。多分。
迎えに来たお母さんは凄く美人でびっくりした。
先生もにっこりして、男の子の手は先生からお母さんへ。
瞬間、男の子の眉に皺が寄った。
さっきまでひまわりみて笑ってたのに。
お母さんは優しい笑顔で何か話しかけてから男の子の手を引いて歩き出す。
それからなんだか、男の子が帰る時間は観察した。
綺麗なお母さんはいつも違う服で、キラキラ。
男の子は、お母さんが来ると眉に皺を寄せる。
帰りたくないのかな?
ある日、私のクラスのサボテンが花を咲かせた。
男の子が、サボテンの花を見て笑った気がした。
だから少し手を振ってみた。
男の子も手を振りかえしてくれた。
日の加減で笑顔かどうかわからない。
男の子をじっと見つめたけれど、男の子はぐんっと強い力で校門の方へ引っ張られて行った。
それから男の子は学校に来ていないみたいだった。
いつもの時間にいないから。校庭に。
夏休み前なのに席替えがあったから、また通い出したのかもしれないし。来ていないかもしれない。
二学期になったら特別クラスに遊びに行ってみようかな。って思っていたら、夏休みの間に男の子死んじゃったっぽい。
学校が写し出されたニュース。同じ学年の男の子。
その子が死んだってニュースだけ。あの子かな?あの子しかいないよね?名前知らない同級生は。
ニュースではお友達と川に遊びに行って溺れちゃったって。
私達もよく行く近所の小川。
あの子が来ているのは見たことないけどなぁ
お母さんはフィルムを貼られたような映像で「なんであの子だけがこんな目に…」と泣き喚くテレビ映像。
私の親からも危ないからあの川に行くなと言われた。
ひまわりが咲いているのを見るとあの子の笑顔が見える。何年経っても。
私しか知らないあの子の笑顔だったら悲しいな。
「もしもタイムマシーンがあったなら」
そうですか。ついにできたんだ。作られた人はさぞお喜びの事でしょう。
なんとか賞と名のつくものを総なめになさる事でしょう。
「核を作りました」
の、ロバートオッペンハイマーさんと同じ軌跡にならないように気をつけてください。
使いたい人?
私利私欲に塗れた人か、ただの興味本位な考えなしか。
使い方に法律を作る人は使うことを前提として考えるのでしょうか?
過去の何を変えてより良い今となるでしょうか?
未来の何を知って今を変えられるでしょうか?
誰にも知られる事なくタイムマシーンを作ることができたとして、うまい具合に自分だけの人生を変える事ができますでしょうか?
それとも1人一台のタイムマシーン配布になりますでしょうか?
史を学ぶ必要がなくなったら、未来を予想できなくなったら、とても悲しい事だと思います。
「不老不死が可能となりました。」
今度はそんな人が現れるかもしれません。
そうなると、人は生き物ではなくなります。
ロボットでしょうか?
失敗したら、やり直しが出来ない事もある人生の方がよっぽど面白いし、予測不能な出来事がある明日の方が楽しみです。
告白の返事を待つ時間。受験の合否。自分の死の時。人生の醍醐味はわからない時間にこそドキドキできるように思いますが。
もしもタイムマシーンがあったなら、壊してしまった方がいいと思います。
銀行強盗が雪山に逃げ込んで、寒さに耐えきれずに現金を燃やして暖をとったって言うお話あるよね。
私の実家は貧しかったからお金を燃やすなんてと幼心に思ったけれど、冬の寒い日にストーブがつけられなかった日には何か燃やしてでも暖を取りたいと思った。
私は勝気で自分で言う事ではないけれど、美人。
貧しい生活だけは嫌だの一心で勉強し、良い大学も出た。その後もとんとん拍子で優良物件と言われる男と結婚。
家と言えないほどのお屋敷に住む。
広すぎる庭は定期的に庭師が管理してくれる。
食品は無農薬で安心安全な物を定期宅配。
月に一度来るデパートの外商さんに欲しいものを言えばその日のうちに届いたりする。
美容師もエステも、なんなら病気の時すらその手のプロが来てくれる。
子供は結婚した翌年から次々と生まれ、年子ばかりの子沢山。
子育ては母の仕事と、姑にはマリア様の様な嫁を求められ、夫には常に綺麗でいて欲しいと言われる。
最も困るのが子供の教育。
有名幼稚園に通わせる為の幼児教室は胎児の頃から始まる。
最低でも有名私立小学校。
子沢山な私だけど子育ては私の仕事とばかりの姑。
そうやってもらって育った一人っ子の夫も姑と同じ意見らしい。
ご飯はお母さんの手作りで。
お母さんが手作りした幼稚園道具で。
洗濯物のたたみ方、箸の持ち方はお母さんが教えるもの。
寝る時こそ親子の時間ですとばかりに日本だったりグリムだったりの童話を子供が飽きるまで読む。
次の子が生まれ何年も何年も何度も読む。
頭がおかしそうになる。
私の望むお金に困らない暮らしは手に入れた。
失ったものはない。
ただただ今、欲しいものはと聞かれたら人権しかない。
私は人でありたい。
長い長い列を並び、早々と次の階段に行く奴やなかなか時間のかかる奴がいる。
私の前に並んでいた奴は早々次の階段へ進んだ。
天国の門で、優しそうなお爺さんに
「あなたの名前はなんですか?」
って聞かれた。
私は
「名前とはなんですか?」
と答えた。
お爺さんは、
「一番たくさん言われた言葉ですよ」
って。
私は
「可愛いって言われました」
と、答えた。
お爺さんはにっこりして門を開けて私を次の階段へ送り出してくれた。
他にもたくさんの言葉をもらった。
「いい子」とか「お利口さん」とか。
「ダメ」と「いけない」も小さなときはたくさん言われたけれど、それをやめたら「いい子」や「お利口さん」って言われたから同じくらい言われた言葉だと思う。
朝起きたら「おはよう。今日も可愛いね」って言われて1日が始まるし。お散歩にいけば、知らない人からも「可愛いですね」
毛を切りに行くところに行けばみんなが「可愛いくなったね」って言われた。
お留守番の長い日は「ごめんね」って言われた。
そのあとに美味しい物をくれたし、「可愛い」をたくさん言われながら膝の上を独占した。
私が死んだ時、みんなが泣きながら。「ありがとう」も言われた。何度か聞いたことあるような気もする。
やっぱり一番言われたのは「可愛い」
なかなかいい名前じゃないか。
可愛いって言う前になんか言ってたような気もするけど、「たくさん」可愛いとか「いっぱい」可愛いとかそんな感じかな。
凄く凄く愛してるよって伝わったから、私の名前は「可愛い」で間違ってない。
②
余命の残りはそんなにないはず。
シワだらけの私にはそんな事はどうだっていい。
この世に未練もない。
私の人生、失敗だらけ。
早く終わりの時が来て欲しいのに、なかなかお迎えはこない。
自分の希望は罷り通らない。
さもしい人生だった。終わってないけど。
もう何十年も一人きり。
気の合う友達はみんな先に逝った。
金もないその日暮らしになったのは自分のせい。
若かりし頃に生き別れた我が子はもう50も過ぎた頃だろう。
私の人生、何一つ残せなかったなんて言わない。
私はあの子を産んだ。
私の生まれた意味はあの子だけ。
あの子の名前は夫がつけた。長男だからと。
そんな事はどうだっていい。
臍の緒、写真、何も持たずに追い出された。
あの子には私の記憶はないだろう。
過ぎた事は仕方ない。
酒もタバコもギャンブルも、やらなかった。
死んだような毎日を過ごしただけ。
良い頃合いだと、スラムのような若者の街に行く。
怪しげな若い男にこちらから声をかけるが、なんせ私は年寄りで、気味悪がってまともに話も聞いちゃくれない。
十数人目のナンパの末に聞き出した彫り屋さん。
トントンとドアをたたいて
「ごめんください」
ギギッと開いたドアの向こうにはあちらこちらにピアスや入れ墨の男。私より若いが年配だ。
「なんぼかかっても構わないからニ文字だけ鎖骨の下に掘りもんしてください。」
男は、
「金はいらんよ。何と彫る?子の名前か?」
私と似た奴もおるらしい。
「子の名前を彫れんから、呼び名の二文字を平仮名で」
男は施術台と言うには年季の入った部屋を指さす。
ベッドだったらしき物に腰掛ける。
お互い無言。
白紙とペンを渡されて、彫って欲しい文字を書く。
歳のせいか、お世辞にも綺麗とは言えない字。
男は無言で紙を濡らし、私の鎖骨の下にその紙を貼る。
しばらくして紙を剥がすと紺色にその字が残っている。
「あんたの書いた字の通りに彫ってやる。」
そう言ってそっとベッドに押し倒された。
ドキドキする年ではない。
しかしながらただただ官能的だと思った。
余命いくばくもない男女が名も知らず、互いの人生が交差する瞬間に。
多少の痛みは慣れた年頃。
「はい。終わった」と
鏡を見せてくれる。
痩せてくたびれた老婆の私に意味のないような二つの平仮名。
漢字二つで名を成した我が息子。
元の夫の漢字は残したくない。
あの世への土産に息子とわからぬようにカナで持って行く。
あの子の名前の由来くらい知りたかったなと思う。
太陽が高くに上り、真っ青な青空は目に眩しい。
視線の先には、先月生まれたばかりの我が子のガーゼの産着がそよそよと風にふかれている。
コレが世間に言う幸せの景色なんだろうなと。ぼんやり思う。
昨日はいつもにも増して眠りが浅かった赤ちゃん。
だから私も寝たのか寝ていないのかわからない。
朝からグズグスの赤ちゃんを抱っこしながらスイッチ一つで洗ってくれた洗濯機は早々と仕事を終わらせてくれたけれど。置けば泣く赤ちゃんによって干すのはお昼近くになってしまった。
夫はいつも通りに出社した。起きる時間も変わらない。
今は夫と寝室を別にしなければならないから私もいつも通りの時間に目覚ましをかけて、朝ごはんと行ってらっしゃいだけは言う。
産後だからと作れていないお弁当の代わりに旦那の昼食代をお小遣いにプラスした。
浅い睡眠の赤ちゃんがいつ起きるかヒヤヒヤしながら冷蔵庫を覗くけれど、ご飯は炊かなきゃないし、冷凍のパンは夫の朝食にだしてしまった。
インスタント麺はあるけど、母乳だとなんだか食べるのに気が引ける。
どうしようかなぁ。とキッチンの床に座り込む。
ちょっとだけひんやりしていて気持ちがいい。
食べる事は諦めて、私も少し寝ようかな。なんて思った途端に赤ちゃんの鳴き声。
里帰り出産してたらお昼ご飯くらいは食べられたかなと考えながら赤ちゃんのもとへのそのそと歩く。
ふと、包丁が視線の先にある。
赤ちゃんを産んだ日、入院中は子供の虐待なんか信じられないと思ってた。
というか、今の今までこんなに可愛い子を泣かせておく事さえ憚られた。
眠い。疲れた。休みたい。そう思っても誰もいない。
私と赤ちゃんだけの世界。
少しでも起きないようにと電気を消した室内を見回す。
ちゃんと日陰でベビーベッドの上で、顔を真っ赤にして泣く赤ちゃん。
部屋の反対側の窓に映る眩しい青空。
ねぇ。泣かないで。少し休もうよ。ママも疲れちゃったよ。
ベビーベッドから抱き上げて、オムツや汗を確認する。
大丈夫。
おっぱいを口に当てる。
すると待ってましたとばかりに吸い付く。
私の視線は我が子に釘付けになる。