松永瑞希の年末は最悪だった。
クリスマスの二日前、3年間付き合った恋人の茜里と大喧嘩の後に破局したのが始まりだった。
喧嘩のきっかけは、
「ゼミの男友達ともっと遊びたい」
という彼女の一言だった。
彼は極力、彼女の人間関係には口出ししないようにしていた。しかし、近頃の茜里の行動は、彼の許容できる範囲を超えていた。
デートや旅行はもちろん、毎日のようにしていた通話も、就活の準備や資格の勉強を理由に断られるようになった。
そんな時、茜里が他の男と親しげにしている、という話を聞いて、居てもたってもいられなくなった彼は、直接彼女を問い詰めた。彼女から出てきた言葉を聞いた時、彼は自分の中の彼女が音を立てて崩れたのを確かに感じた。激しい動悸と彼女に対する怒りは後から湧いてきた。そして、二度とこの女に関わらないと彼は誓った。
その次の日には自転車を盗まれ、財布を落とし、茜里のアカウントをブロックしようと開いたInstagramでは、新しい男とデートをしているであろう彼女の投稿が流れてきた。
そんなこんなで、彼はどん底の気分のまま新年を迎えた。
彼は、ただひたすらに布団の中で考えた。深い怒りと失望の末に、彼は過去の言動を自らに問うた。
そして、自分の行動の幼さと、自己中心的な己を発見し、大いに反省した。
今年の抱負は、この内容をしっかりとした作品に仕上げることです。
いつ死んじゃうか分からない。
いつ死んだって構わない。
僕が子供の頃、祖父母はよく上の言葉を口にした。
大学に入ってからは、下の言葉が多くなった。
大学2年の夏に祖父は死んだ。
そして今、祖母も天国へ旅に出ようとしている。
きっと僕が大人になって安心したんだろうね。
さよなら。
死に際だけ寂しがるなんて酷いぢゃないか。
元気なうちはぢゃまものあつかい。
元気がない時だけは優しく振舞ってご機嫌取り。
失いかけて漸く気付くなんて、遅いぢゃないか。
元気な時には仲良く過し
病の時は、必死に励ます
そういうやうな日常こそが至上の幸福であるといふことをりかいして生きるたいものだ。
ずっと大好きだった祖母。
去り際は笑顔で見送る。
死。
別れを惜しむより、感謝と旅立ちの無事を願って。
一礼。
さらば。親愛なる祖母。
そして、もう1人の母よ。
祖父の威厳と祖母の愛情、
両親から受け継いだ勤勉さと期待を以て我と成す。
家族との別れは、心の分裂に等しい。
故に、大事に育て、手放さぬよう日々、
嘗て記憶に思いを馳せたい。
それこそが、自分を生きるといふことである。
Adoさんの逆光を否が応でも思い浮かべてしまう。
なら僕が書く必要は無い。
僕が描きたいのは、言葉にできない想い。
皆が見たことが無いもの、考えたことが無いもの。
だけど心のどこかにあるもの。
言葉を見た瞬間に何かがイメージされるなら、それ以上を作ろうとしても、たとて作れたとしても決して評価されない。
なぜなら人は有名である事を喜び迎合するから。
多分、僕に創作をする資格は無い。
「逆光」より。
正直者が僕を見る。
哲学者が僕を見る。
ミステリアスが僕を見る。
美的感性が僕を見る。
精霊が僕を見る。
慰めが僕を見る。
最高傑作が僕を見る。
「子猫」より