ストック

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10/29/2023, 12:35:35 PM

Theme:もう一つの物語

「歴史は物語みたいなものなんだよ。人が書きたいように書いたもので、主観的だったり意図的だったりする。だからせめていろんな側面から見ていきたいんだ。自分の目で見て事実を知ることはもうできないから」

歴史好きの友人に言われた言葉だ。そのときは、正直言ってピンと来なかった。

今は、よく分かる。
歴史は物語だ。戦いには勝者が、支配には統治者がいる。人を支配するのに、わかりやすい物語は実に都合がいい。歴史は、勝者にとって都合の良いように作られる。
友人が追っていたのは、その裏にあるもう一つの物語だったのかもしれない。

そして今、私はそれを知りたいと願っている。
この世界から欠落した記憶のピースを埋めたいのだ。

あの日から姿を消してしまった、友人の代わりに。

10/28/2023, 11:32:13 AM

Theme:暗がりの中で

この百物語ももう折り返しですか。
深夜になって、ろうそくも半分消えて、この部屋も暗くなってきましたね。

正直言って、ちょっと怖いです。暗いところって苦手なんですよ。
そうですね。心霊の話ではないですが、僕が暗がりが怖くなったきっかけの話をしましょうか。

その日、僕は研究論文のための実験で、遅くまで大学に残っていました。
昼間に機材トラブルがあって、機械を使えるのが遅くなっちゃったんですよね。
データを取って分析が終わる頃には、日が変わりかけていました。

僕は荷物をまとめて帰ろうとしました。
エレベーターに乗ってスマホをいじっていたら、かご室がガタンと大きく揺れて転んでしまいました。
そして、エレベーターはそのまま止まってしまったんです。
こんなことは初めてだったので、かなり動揺したのを覚えています。

ようやく冷静になった僕はエレベーターの非常ボタンを押しました。
すぐにコールセンターのようなところに繋がり、救助に来てくれるという話になりました。
それで安心したんでしょうね。それまでの怖さが消えて、この珍しい状況が面白くなってきました。僕はゼミ仲間や友人に「エレベーターが故障して閉じ込められちゃったよ」とLINEを送りました。
皆の反応は色々で、心配してくれたり、面白がったり、中にはわざわざエレベーターに関する怖い話を送ってくるやつもいましたね。

皆と会話していると、突然電気が消えました。明かりはスマホの画面だけ。
びっくりはしましたが、スマホを通して皆と繋がってることが心強くて、僕はさほど恐怖を覚えませんでした。
「そこがお前の棺桶にならなきゃいいけどな」と友人の一人から冗談めかしたメッセージを受け取った直後、スマホのバッテリーが切れてしまいました。
今度こそ、僕は本当に暗がりの中でひとり閉じ込められてしまいました。

途端に僕は怖くなりました。さっきまで笑い飛ばしていた「そこがお前の棺桶にならなきゃいいけどな」という言葉が頭の中で繰り返されます。
宙に浮いた真っ暗な棺桶。
そう思うと、足ががくがくと震えて息が荒くなり、過呼吸のような状態になりました。そんな自分の状態がますます恐怖を膨らませます。

思わず叫んだ自分の声が、まるで他人の声のように聞こえて。
この世界にたったひとりぼっちになってしまったような気がして。
「そこがお前の棺桶にならなきゃいいけどな」…そんなことを耳元で囁かれたような気がして。

どれだけの時間が経ったか、僕はその後救助されました。
明かりを見た途端、一目も気にせず思わず泣き出してしまいました。

五感のどれかが機能を失うと、それを補うために残りの機能が鋭くなるそうです。
視覚が閉ざされたと判断した僕の脳は、きっと聴覚や嗅覚などをいつもより働かせたのでしょう。そのときに想像力も強く働いてしまったのかもしれません。
自分自身で恐怖を造り出してしまう…暗がりにはそんな力があるのかもしれませんね。

では、次の方お願いします。

10/26/2023, 10:27:24 AM

Theme:友達

あまりにも酷く傷ついてしまったときや、自分にとって辛い出来事が連続して起きると、「辛い」「悔しい」「悲しい」といったネガティブな気持ちが急に感じられなくなって、「何もかもどうでもいいや」「人生なんてもうどうでもいいや」という気持ちになった経験はありませんか?
あるいは、今そのような気持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

そのときの私はそんな状態でした。
昨日までの世界は恐ろしいもので溢れていて…上手く表現できませんが、刃物で囲まれた部屋の中で本当に存在するのかも分からない小さな小さな部屋の鍵を探しているような…そんな感じでした。
でも、ある日、刃物に触れても何も感じなくなりました。同時に、その部屋のドアも窓も消えてしまって、触っても何も感じない刃物と一緒に部屋に閉じ込められてしまった感じでしょうか。辛さも悲しさも、嬉しさや楽しさも、何も感じなくなってしまったんです。
「もうどうでもいいや」という気持ちだけが唯一残っていました。
今考えれば、この時点で休養するなり心療内科を受診するなりすればよかったんでしょうね。

そんなときでした。「なっちゃん」と再会したのは。
「なっちゃん」は私がずっと幼かった頃の友達です。と言っても、彼女は実在しません。いわゆる「イマジナリーフレンド」です。
内気で人見知りだった私は、いつしか「なっちゃん」という空想上の友人と親しくなっていました。
なっちゃんは活発でよく笑い、よく泣き、よく怒る、感情表現の大きな子でした。自分の憧れが投影されていたのかもしれませんね。
ご存じの通り、イマジナリーフレンドはある程度の年齢になると、見えなくなってしまいます。もちろん、私もそうでした。
でも、なにもかもがどうでもよくなってしまった大人の私には、一目でなっちゃんだと分かりました。

「久しぶり!元気にしてた?」と屈託なく笑うなっちゃん。本当にそこにいるような、現実感がありました。
そのせいもあったでしょうが、私は本当に久しぶりになっちゃんに会えたことが嬉しかったんです。
色のなくなってしまった世界で、なっちゃんは目印のように咲いた大輪のヒマワリのような存在でした。
私はなっちゃんといろんな話をしました。なっちゃんが見えなくなってからの時間を追うように。
なっちゃんは例によって、うんうんと大きなリアクションをしながら私の話を聞いてくれました。

そして、話が現在の状態まで追い付いたとき、なっちゃんは大粒の涙を流していました。
「なっちゃん、どうして泣いてるの?」
「だって、Sちゃん(私の名前です)が泣かないから、代わりに涙が出てきちゃうんだよ。辛くて苦しくて、それなのに泣くことも忘れちゃったの?涙が止まらないよ」
「なっちゃんが泣くことないじゃない。私はなんとも思ってないんだからさ」
「…Sちゃんの『助けて』って声が聞こえたから来たんだよ。そっか、泣き方が分かんなくなって困ってたんだね」
そう言って、なっちゃんは色んな手を使って私を泣かせようとしてきました。
とても怖かった怪談話、通学路の家で飼われていた大型犬の話、なっちゃんの(つまり子供の頃の私の)大嫌いだった玉ねぎがたくさん入ったカレーの話…どれもこれも当時はなっちゃんと一緒に震え上がったものですが、「昔の私はそんなものが怖かったのか」と却って面白くなってしまいました。気づいたら、私は笑っていました。

「なっちゃん、それはそんな怖いものじゃないよ」
「Sちゃんは大人だから怖くないの?」
「そうだよ。大人になると、怖いものも変わっちゃうんだよ」
「じゃあ、大人になったSちゃんは怖いものがなくなって、泣き方を忘れちゃったの?でも、泣けないことが辛いの?」

むずかしいむずかしいと呟きながら、一生懸命に考えるなっちゃん。
その姿を診ていた私は、何故か涙を流していました。

「あ、やっと泣いた。でも、Sちゃんは何が怖かったの?」
「なっちゃんの言う通り、泣き方が分からなくなっちゃったのが怖かったんだよ」
「そんなの、怖かったり痛かったりしたら勝手に涙が出てくるよ。大人はそうじゃないの?」
「そうだね。大人は涙を流せないときがあるんだよ。でも、ずっと泣くのを我慢してると泣き方が分からなくなっちゃうんだよ」
「…大人ってむずかしいんだねぇ」
なっちゃんはやけに大人びた表情で考えていました。

「ありがとう、なっちゃん。おかげで泣き方、ちゃんと思い出せたよ」
そういうとなっちゃんはまたヒマワリのような笑顔を見せてくれました。

そこで、私は目を覚ましました。真っ白な天井が目に入ってきました。
そこは自宅ではなく、病院でした。睡眠薬のオーバードーズで搬送されたと医師から聞きました。
(あんまり関係ないですが、睡眠薬を体外へ出すための胃洗浄がとても苦しかったです)

私は今、会社を休職し療養に専念しています。
あれからなっちゃんを見かけることはありません。でも、彼女は今も私の友達で私を見守っていてくれる。
少しずつ色を取り戻しつつある世界で、そのことが私の依る辺になっています。

10/25/2023, 8:58:13 AM

Theme:行かないで

朝起きて、散歩に行って、朝ごはんを食べて、出掛ける支度をする。
支度をしている辺りから、なんとなく君はソワソワしている。
「行って来るよ」と声をかけると、「行かないで」というように全力で足に張りつき止めようとする君。
それでもなんとか玄関まで出ていって靴を履くと、諦めがついたのか耳をペッタリと倒してなんとも寂しそうな顔をしている。尻尾が項垂れるように下がっている。
平日朝のお決まりの儀式だ。

そんな君に「ごめんね、早めに帰るから」と言って、私は家を出る。
あんなに情けない顔をされたら、今日も仕事を頑張って早く帰ろうと思っちゃうじゃないか。
君が「行かないで」と毎朝毎朝必死だから、一度は全てを投げ出そうとした私も一生懸命に生きていける。

君に「ただいま」を言うために、私は今日も生きていける。

10/23/2023, 12:54:32 PM

Theme:どこまでも続く青い空

目を開けると、どこまでも続く青い空。
どうやら私は地面に仰向けに倒れているようだ。起き上がろうとするが、手足の感覚がなく力が入らない。

立ち上がるのを諦めて、空を見上げる。
澄んだ秋晴れの空は、暖かいながらもどこか冷たい空気だ。清々しい。
吸い込まれそうな青だと思っていると、本当に空が近くなってきたような気がした。

ふと、お腹の辺りに違和感を覚える。
どうにか首を動かして目を向けると、そこは真っ赤に染まっていた。
赤と青のコントラストが強烈で、なんだかクラクラする。

ふと首を横に倒すと、最愛の彼が倒れていた。声を掛けるが反応がない。
首の辺りが真っ赤に染まっている。

「これで一緒にあの空にいけるね」
私は彼に微笑みかける。

あなたは私の手の届かないところにいた。
同じ空の下で生きているだけじゃ満足できなかった。
だから、一緒にあの青空の上にいこうと決めた。

あの青空はどこまで続いていたのだろう。ぼんやりとしながらそんなことを考える。
でも、あの空がどこまで続いていたって、私はあなたを離さないよ。

目を閉じても、どこまでも続く青い空が目蓋の裏に張りついているようだった。

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