いなくなっちまったあとで言うのもどうかしてるが……
「床の間に差し込む冬の朝焼けを 二人眺めたいくたびの朝」
今でもお前の背中を思い出すよ。最期までさすってくれと言っていたお前は、確かに俺を愛していたんだな。
──────
多分おそらく全力で、静かに愛を叫んでいたあいつに。
ショーゴくん見てくれ! モンシロチョウがとんでいるぞ! もう春なんだな。
うん? 梅の花が咲いているときも春だなって言ってたって? ああ言ったかもしれないな。なんせ梅は春の花だからな。
そういえば、梅の花の和歌はよく耳にするが、モンシロチョウの和歌は聞かないな。ちょっとショーゴくんそのスマホでモンシロチョウの和歌を検索してみてくれ。
え? いや? めんどくさい? 自分でしろ? いや。いや。君が調べてくれる事に意味があるのだよ。まず僕が調べたら君に聞かせることになる。それじゃあ普段通りだろう。だから今日は趣向を変えて、君からこんなのがあったよって聞きたくてだ──。
……な、なんで私が校門前の池でスマホを落とした事を君が知ってるんだ!
早苗「ショーゴくん。来年は僕らの卒業式だぞ。一年後の僕らはああなっているんだと思うと驚かないか?」
翔吾「どこに驚くところがあるんだよ?」
早苗「いや、いや。よく考えてみてくれたまえ。君と僕はおそらく別の大学へいくだろう? だとしたら、あの人たちみたいに『連絡するよ』とか『夏休みに会おうね』とかそんな話をしているんだよ。驚くべきことだと思わないか? この二年間ずっと一緒にいる僕らが、だ」
翔吾「別にこの二年間ずっと一緒だったわけじゃねえだろ。文理選択は違うしよ」
早苗「そうだけどそうじゃなくてだな……!」
翔吾「じゃあなんなんだよ?」
早苗「僕ら毎日連絡とか取り合わなかっただろう? 電話もあまりしないじゃないか。それなのに連絡を取り合って日にちを決めて、会う予定を立てて遊ぶようになるんだぞ? 変な感じがしないか?」
翔吾「……」
早苗「想像できたかい?」
翔吾「……言ってもいいか?」
早苗「うん?」
翔吾「なんかお前がうちに転がりこんで住んでるのしか想像できなかった」
早苗「……流石に私はそこまで神経図太くないぞ」
翔吾「かもな。でも、多分来るだろ。合鍵渡したら」
早苗「……そう、だね。そうかもしれない」
翔吾「ま、まず俺たちは一年後にきちんと卒業できるか心配したほうがいいだろう?」
早苗「それは、そうだね」
早苗「明日世界がなくなるとしたら、君は何を願うんだい?」
翔吾「なんだよ急に」
早苗「なに、この本を読んでいただけだよ。複数の作者が『もし明日世界がなくなるとしたら』というお題でそれぞれ作品を書いているんだ」
翔吾「ふーん」
早苗「で、君は何を願うんだい?」
翔吾「願わねえよ。そもそも、願う暇があったらしたいことするだけだろ」
早苗「……確かに質問の仕方が悪かったね。なら、こう聞こう。君は何をしたい?」
翔吾「……いつも通り過ごすでいいな」
早苗「欲のないやつだな」
翔吾「そういうお前はどうなんだよ?」
早苗「僕かい? そうだなあ。……最後にいなくなる時は僕の満足いく終わりであってほしいな。つまらない終わりはいらないよ」
翔吾「……確かにお前のは、したいことじゃなくて願いだな」
早苗「君と出会ってから、毎日が楽しいんだよね」
翔吾「俺は時々ヒヤヒヤするな」
早苗「正直出会った時はなんて面白味のないやつだと思っていたんだよ。無愛想だし、あまり喋らないし」
翔吾「お前は会ったときから騒がしい奴だったよ」
早苗「懐かしいね。君、あの時の事を覚えているかい? 入学式でクラス写真を撮ろうと言われて中庭に行ったときに、僕がショーゴくんにシャッター押す瞬間に反復横飛びしたら面白い写真が撮れそうじゃないか? って、そう言ったんだよな」
翔吾「俺は普通に立ってろって返した」
早苗「そうそう。その時は普通に撮っても面白くないだろって思ったんだよなあ。それで結局僕の案を決行したら担任にこっぴどく叱られたんだっけ」
翔吾「そういえばお前さっき担任が探してたぞ。また何をしたんだよ?」
早苗「今思うと、反復横飛びはありきたりだったな。面白みに欠ける」
翔吾「無視か」
早苗「でもあれがきっかけで君と話すようになったと考えたら、不思議なことに面白いなと思うんだ」
翔吾「いやだから聞けよ」
早苗「ショーゴくんはそう思わないかい?」
翔吾「……早苗」
早苗「なんだいショーゴくん? 急に深刻な顔をして。……もしかして、僕らの出会いがいかに面白くて素晴らしくて楽しいものだったか話してくれるのかい? だったらお願いしよう」
翔吾「担任が走ってこっちに来てるぞ」
早苗「え」
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本日は会話のみです。