茶々

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5/29/2024, 11:09:15 AM

 気づけばもう、「時間」が来てしまった。
 それくらいに、あっという間だった。
 昔から僕の体を蝕み続ける病は、予告された時間きっかりにやってきた。
 けれど、あの子がいる間はそれすら忘れられた。夜空が続く一日、光のカーテンが揺れる空、氷の下に広がるクジラたちの楽園。世界にはこんな場所があるんだと、二人で目を輝かせていたっけ。
 そんな思い出たちを連れていくには勿体なくて、出発の前に彼に託した。これを見てどうするかは、彼に任せよう。選ぶ権利は彼にあるのだから。
 闇に包まれた世界で、クジラ達と共にそんな事を思い出す。懐かしいな、もう何年前だっけ。
 ふと、雪明かりが輝いた気がした。彼が近くにいるのだろうか。氷の世界は美しいけれど、そんな世界に一人ぼっちは彼に似合わない。
 どうか、そばに。そんな思いを波に乗せた。
 
お題:『氷の世界に一人』



-------ここからは余談です-------

潮風(前作)で出された3つの景色は病弱お兄さんが昔「死ぬならここかな」と何気なく言った場所を、氷の世界(今作)で出された3つの景色は少年が「いつか一緒に住みたい」と無邪気に言った場所となっております。
悶えて頂けたら幸いです。

5/28/2024, 11:53:29 AM

 気づいた時には、もういなかった。
 それくらいに呆気なかった。
 まるで実の兄のように慕っていた彼は昔から体が弱く、けれど読書を通じて得た知識で僕に色々なことを教えてくれた。太陽の沈まぬ日、海底に降り積もる雪、そしてそこに眠る大好きな鯨たち。
 そんな思い出の数々を僕の家の玄関に残して、いなくなっていた。探して。とでも言うかのように。
 異国の桟橋に腰掛けながら、そんな事を思い出す。片手には緑青、足元には彼が眠る海。また会えると思ってしまえば、不思議と怖くもなんともなかった。
 誘うように潮風が頬を撫で、翠を呷った。


お題:『潮風が頬を撫でる』

5/27/2024, 11:09:52 AM

『君と僕の終末論』

 「なぁ、明日世界が終わるとしたらどうする?あ、終わるのはどう足掻いても変わらないものとして、な」
 虚空に言葉を放つ。さぁ、どう返ってくるか。普段からのほほんとしている此奴の事だ、どうせいつも通り過ごすとか、せっかくだから寝るとか、慌てふためく人間を観察するとか言うんだろうな。
 「抱き潰す、かも」
 しばらくカップの縁をなぞりながら出した結論が、これだった。時々予想の斜め上を行くこの男は、隣にいて飽きがこない。
 「最期になるなら、全部を君で埋めつくしたい」
 よくもまあそんな事を真顔で言えたものだ、少しくらいいつもの腑抜けた顔をしても良いのに。だけど、最期まで此奴の射貫くような双眸に見つめられ、溺れるくらい愛されるのなら。
 「最高じゃん」
 これ以外の答えは見つからなかった。

5/26/2024, 11:07:45 AM

 あの人は甘いものが何よりも好きだ。洋菓子から和菓子までこよなく愛し、自ら作り上げる数々の品は絶品だ。
 そんな彼が今日ご馳走してくれたタルトも、筆舌に尽くし難い程美味しかった。
 ご馳走様、と言おうと彼の方を向くと視界が見知った色に包まれ、唇に触れた。
 あぁ、そういえばお菓子より好きなのはこちらだったか。
 食べられてばかりではないぞ、と押し返すようにして蕩ける。他の何にも変えがたいこの時間はどんなお菓子よりも甘く柔らかで、二人の大好物なのだ。



お題:『お菓子より甘く』

5/25/2024, 1:21:52 PM

 友人は僕がどんな隠し事をしようともすぐに見透かす。
 例えば一緒にお弁当を食べる時、彼の卵焼きを美味しそうだなと見れば「食べる?」と差し出し。苦手な科目のテストが返された帰りには「一緒にやろうぜ」と言い。
 遂には「好きなやついるだろ」とまで言われてしまった。
 あぁ、どうか「誰か」は、まだ



お題:『見透かさないで』

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