茶々

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 気づいた時には、もういなかった。
 それくらいに呆気なかった。
 まるで実の兄のように慕っていた彼は昔から体が弱く、けれど読書を通じて得た知識で僕に色々なことを教えてくれた。太陽の沈まぬ日、海底に降り積もる雪、そしてそこに眠る大好きな鯨たち。
 そんな思い出の数々を僕の家の玄関に残して、いなくなっていた。探して。とでも言うかのように。
 異国の桟橋に腰掛けながら、そんな事を思い出す。片手には緑青、足元には彼が眠る海。また会えると思ってしまえば、不思議と怖くもなんともなかった。
 誘うように潮風が頬を撫で、翠を呷った。


お題:『潮風が頬を撫でる』

5/28/2024, 11:53:29 AM