【ココロオドル】
急に秋めいてきたし秋物を買いに行こうと誘ってみたら、君は案外素直に応じてくれた。
恥ずかしがり屋の君は、なかなか「お外デート」にYESをくれないから貴重なデートだ。
やたらとデカいトートバッグを持って現れた恋人は、助手席に乗り込むとそれを大事そうに膝の上に抱えた。
久々のドライブデート。
天気は上々だ。
郊外のアウトレットを目指してクルマを走らせる。
君はニコニコしていて幸せそうに笑ってくれるから、俺も嬉しい。
でも、そのでっかいバッグ、気になる。
キャンプじゃあるまいし、なんなの、それ。
「なぁ、それ、何がはいってんの?」
さりげなく聞いた俺に、君は「おべんと」と短く答えた。
「お弁当?弁当作ってくれたの?マジで?」
「うん…たまにはいいかなって…」
秋空は爽やかに広がり、クルマは軽快に走る。
君は恥ずかしそうにお弁当の入ったバッグを抱いている。
ココロオドル。
【力を込めて】
君の髪はサラサラしていて、子どもの頃と変わらない。
全然ヘアケアなんかしてないのにね。
シャンプーなかったらボディソープで頭洗っちゃうのにね。
そんなことを思いながら君の髪に顔を寄せると、君は嬉しそうに目を細める。
「何、甘えてんの? 珍しい」
「違うし。ハゲてないか、確かめてんの」
「お前なぁ〜、久しぶりに会えたってのに、もうちょい言い方あるだろ」
「久しぶりだから確かめてるの」
力を込めて君の背中に腕を回す。
子どもの頃とは違う2人だから、力を込めて。
【星座】
「あれがオリオン座だろ?それであれがさそり座……」
キャンプの夜の醍醐味は焚き火を眺める静けさだってわかっている。
でも、俺はお前と黙って焚き火を楽しむほど人間ができていない。
2人きりに慣れない。
今夜、三十路の大人の男の余裕を見せたかったはずなのに、俺は浮ついた気持ちを夜空に向けていた。
ベラベラ喋り続ける俺にお前は文句一つ言わず、椅子にもたれて星空を見上げていた。
時折ビールを飲みながら。
焚き火の明かりは風に揺れて、お前の横顔に不規則な陰影をつくる。
美しい──そう、お前は美しい。
俺はお前の美しさに戸惑い、夜空に目を向けて喋り続けた。
知っている星座を言い尽くしたら、次は何を話したらいいんだろう。
「俺はお前のこと、ずっと前から──」
【踊りませんか?】
嫌なことは全部忘れて、踊りませんか?
好きなことだけ考えて、歌いませんか?
君の手を取り、踊って歌おう。
はじめて会ったあの日みたいに。
はじめて浴びたあの光みたいに。
【巡り会えたら】
バーカウンターの隅っこ。
2人で並んでバーボンを傾ける。
仕事終わりに「メシでも行くかぁ」って君が言うから、どっかの居酒屋にでも行くのかと思っていた。
そうしたら、ここだった。
静かなバー。
カウンター席だけの小さな店で、口髭の似合うマスターが寡黙にグラスを磨いている。
普段口数の多い君が何にも言わないから、二人の間に会話はなかった。
でも、君は何か言いたいんだろうと、クリスタルのグラスの中で氷が溶け、琥珀色のバーボンと混じり合う様子を黙って見つめていた。
「巡り会えて良かった」
ポツンと君が言うけれど、意味がわからないから曖昧に頷くだけ。
「生まれ変わっても、巡り会えたらお前に恋するよ」
だから、と君はオークのカウンターに何か小さな物を置いた。
ダウンライトに光る銀色の輪っか。
「だから、これ受け取って」
「……指輪みたいに見えるんだけど、これ」
「逆に指輪以外、何に見えんの」
君は小さく笑う。
シンプルな銀色の輪っかを君はつまみ上げ、左手の薬指にはめてくれた。
ぴったりと収まった輪っかは、こうして見ると確かに指輪だった。
やっと巡り会えた。