【待ってて】
ソワソワする。
普段から料理はまあまあやってるけど、お菓子は作らないからさぁ…。
バレンタインのチョコ、今年は作ってみたんだけど…。
案外難しいんだよ…。
溶かして、型に入れて、冷蔵庫で冷やして、ハイ出来上がり!だとナメてた数時間前の自分が恥ずかしい。
(これから行くよー)
恋人のLINEに慌てて返信する。
(待ってて!)
すぐ既読になって、(なんで?早く会いたいよ)って…。
早く会いたいなんて、めちゃ嬉しいけど、今は!ちょっと待って欲しい!
キッチンであれこれしてる間に、ピンポーン♪って…。
「来ちゃった♡」
合鍵持ってるんだから、来ちゃっても当然なんだよね。
美容院に昨日行ったばかりの恋人はチョコレート色の髪色にしていた。
いつも以上にカッコ良くて、ふざけていたって自慢の彼氏。
そんな恋人に渡すはずのチョコは…。
「ゴメン…バレンタインのチョコ、失敗しちゃって…」
茶色のドローッとした塊。
お世辞にも“チョコ”とは言えない、なんか、正体不明の物体。
もごもご言い訳してたら、恋人はふにゃふにゃ笑って「アイス買ってきたからさ、チョコソースみたいに一緒に食べたらきっと美味いぜ?」と、ハーゲンダッツをテーブルに並べる。
「ホラ、あーん」
子どもみたいに口を開けて待つ恋人は、出来損ないのチョコだって楽しそうに待ってくれている。
「待ってて」
スプーンですくうのはチョコアイスの形をした何か。
甘くてちょっぴり苦い2人の何か。
【タイムマシーン】
タイムマシーンがあったら、君とはじめて出会った日に行ってみたい。
君はサラサラした黒髪で、笑うと白い八重歯がこぼれた。
可愛らしい笑顔の陰には負けず嫌いの強さが隠れていたっけ。
一目惚れって、ほんとにあるんだよ。
タイムマシーンがあれば、それを証明できるよ。
タイムマシーンがあったら、君とはじめて出会った日に行ってみたい。
君はボーイソプラノで歌い、そのくせ大人みたいにおれを見た。
生意気盛りのくせに怖がりだったよな。
一目惚れって、ほんとにあるんだよ。
タイムマシーンがあれは、それを見せることができるよ。
【どうして】
君が泣くと、どうしておれも泣きたくなるんだろう。
どうして?
君とおれは別々の人間なのに。
「泣くなよ」
めったに泣いたりなんかしない君の肩に、腕を回す。
「そういうおまえも泣いてるだろ」
「おまえのせい」
おれたちは肩を組んできらめく光を眺める。
「行こう」
君は涙を払って堂々と歩き出す。
仲間たちのところへ。
おれたちの居場所へ。
君が歩き出すと、どうして安心するんだろう。
【冬休み】
ありがたいことに、2日ばかり“冬休み”をもらった。
そうは言っても大きな仕事の合間だから、遠出もできないし、まぁ家でゴロゴロして、撮り溜めたサッカーの試合を見直すくらいのつもりでいた。
恋人との甘い時間も欲しかったけど、アイツはストイックの塊で、この時期にベタベタイチャイチャを許してくれない。
だから会うことも諦めていたんだけど。
それなのに。
今、俺は恋人の指導のもと、ベランダを箒で掃いている……。
絶賛、大掃除中だ。
「おーい、ベランダ掃いたら、次は窓を拭いてよ。おれ、次はお風呂掃除するから」
恋人は甲斐甲斐しく掃除機をかけながら命令する。
「ズルい、俺ばっか外でさ〜寒い〜」
ぶーたれると、「お前の家だろ」とごもっともなご意見。
言われるがまま窓を拭き終わると、「お前にしては上出来じゃん」と恋人は褒めてくれた。
「ほら、あったまろ?」
どこから持ってきたのか、ニッコリ笑う恋人の手には風情がある塗りの盆。
その上には白い銚子と二つのお猪口。
「たまには熱燗もいいでしょ?」
──こんな冬休み、悪くない。
【冬は一緒に】
冬が好きだ。
冬は楽しみが盛りだくさん。
君の誕生日、クリスマス、それに大事な仕事、大晦日にお正月、それに俺の誕生日が過ぎたらバレンタインが来て、ホワイトデーだ。
「何歳になってもイベント好きだよねぇ」
そう言って君は俺を笑うけど、本当はわかってるよな。
イベントにかこつけて、冬は俺ら一緒に過ごす時間が増えるってこと。
それに──
「寒いだろ?」
君の冷えた手を握って、俺のコートのポケットに入れる。
ポケットの中で指を絡ませてギュッと握った。
驚く君に、こんなに寒いんだから仕方ないよな、とウィンクしてみせる。
冬は寒いから一緒に、少しだけ近くで。