#お嬢と双子 (NL)
Side:Miyabi Obinata
「うっわ見ろよあの子女子のくせに背高っ。壁かよ」
「…」
ええ、ええ、そんな言葉は数え切れないほど言われてきましたとも。
ワタシの身長は180cmですがまだ、これでもまだギリギリ部屋の入口で頭をぶつける危険性がない範囲なのです。
女子生徒の皆さんと歩いていると頭ひとつ分飛び抜けていることが多いワタシですけれども、これでも何かにぶつからないように神経を尖らせているのですよ。
…なんて言いたいことは山ほどあるけれど、ワタシの鉄の表情筋が相変わらず言うことを聞かないのでここは無視をすることにした。
「お〜い、無視かよ〜?」
「…申し訳ありませんが、急いでおりますので」
何とかこの状況から抜け出そうとしたけれど、残念ながらそれは失敗に終わった。
…何ということだ、この明らかにテンションの高さとノリが合わない殿方に囲まれてしまっては完全に「詰み」…。
しかしここで無闇に突き飛ばしてしまっては、ワタシが問題を起こしたと誤解されてしまう。
さて、どうしたものか…と、感情が渋滞している思考回路を必死に巡らせていた、そのときだった。
「こんちゃ〜っす!もぉ〜先パイここにいたんすね、探したっすよ〜!」
「こんにちは、先輩」
「…あの、あなた方はいったい…」
ワタシを間に挟むようにして、ワタシと目線の高さがほぼ同じの2人組が現れた。
彼らは顔立ちだけでは見分けるポイントが見つからない、とてもよく似た双子の兄弟だった。
今まで通っていたお嬢様学校から先日転校してきたばかりのワタシの頭の中は、さらに見知らぬ殿方が増えたことによりさらにパニック状態に陥った。
…マズい、これでさらに逃げられない状況に…。
「は?え?何?お前ら2人ともこのノッポなお嬢様と知り合いなわけ??」
「あははは!ノッポっつっても、オレらとほぼ変わんないしスタイル良くて超クールじゃないっすか!」
…うん?
今、ワタシが今まで言われてきた嫌味とは全く違う言葉が聞こえてきたような…?
ワタシのコンプレックスへの褒め言葉は聞き慣れなさすぎて、ワタシの無表情の下でさらに感情の渋滞が悪化し始めた。
「お、おう…でもさ?男と背丈変わんない女ってヤバくね?人気者なお前らでもさすがに引くだろ?」
「えぇ〜?それ、先パイが自分より身長高い女の子を見つけたから嫉妬してるってだけじゃないっすか?」
「男がみんな身長の低い女の子が好きだなんて思わないほうがいいですよ、先輩」
────────ズキュン。
何なのでしょう、この感情は。かつて味わったことないほどの心のむず痒さとほんの少しの自己肯定感が、ワタシの思考回路をついに停止させてしまった。
…爽やかイケメン、恐るべし…。
でも、彼らがワタシを少しずつ集団から引き離してくれたおかげで、ワタシが厄介な問題に巻き込まれずに済んだのは事実。
2人にお礼を言わなくては…。
「よ〜し、これでもう大丈夫っすよ先パイ!」
「…助けていただいてありがとうござ…あら?」
本当は微笑んでお礼を言いたかったのに、ワタシの表情筋はまた言うことを聞いてくれなかった。
そのうえ彼らはこの学校の人気者なようで、ワタシがお礼を言い切る前に廊下にできた女子生徒たちの人波に流されていってしまった。
「…」
…ワタシの身長を褒めてくれたのは彼らが初めてだった。
でも今ワタシの心臓が高鳴っているのはきっと、ワタシが褒められ慣れていないせいだ。
嗚呼…こんなにも風に乗ってこの果てなき空の彼方へ飛んでいけそうな、軽やかな気分になったのはいつぶりだろう?
そしてまたいつかなんて関係なくこれから頻繁にあの爽やかツインズがワタシに会いに来ることになろうとは、この時のワタシは想像もしていなかった。
【お題:風に乗って】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・帯刀 雅 (おびなた みやび) 高2 お嬢様学校から転校してきた
・成見 椛 (なるみ もみじ) 高1 楓の双子の兄(一人称がオレなほう)
・成見 楓 (なるみ かえで) 高1 椛の双子の弟(一人称が俺なほう)
·̩͙꒰ঌ ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ໒꒱·̩
#人魚の歌姫 (NL)
Side:Seth
「あなたの本当の名前はなんていうの?」
湖に囲まれた大きな家に住んでいるローザは、ぼくに本当の名前があると思っている。
でも生まれた時からこの湖で独りで生きてきた人魚であるぼくに、本当の名前なんてものはありはしない。
なのに…どうしてだろう。
ローザが持っていた本という人間の読みものを見た時、生まれて初めて自分に名前がほしいと思った。
「彼はセスっていうのよ。私の大好きなこの本に出てくる主人公で、あなたと同じ人魚の男の子なの」
なるほど、彼もぼくと同じ種族なのか。そして彼は本の中の人魚だから名前があるんだな。
何だか…彼が少し羨ましい。
本の表紙に描かれたセスを撫でながら、ぼくはそんなことを思ってしまった。
お願いだ、ローザ。ぼくに名前を与えてくれ。
ぼくはセスを指差していた手を自分の左胸にあてて、ローザに静かに懇願した。
「それは…セスと呼んでほしい、ってこと?」
よかった、ぼくの意思が通じたみたいだ。
ぼくは喜びのあまり思わず尾鰭を大きく揺らして、静かな湖に小さな波を立てた。
長い間ただ水の中に潜んでいただけのぼくに名前をつけてもらったことで、初めてぼくという存在に生きる意味ができた気がした。
─────
「ローザお嬢様、お体に障りますよ」
「わ、分かってるよ…!じゃあ、おやすみ…セス」
ぼくとローザの穏やかな時間は今日もあっという間に終わった。
人間は人魚と違って、眠る時間をとる必要があるらしい。
…ぼくは一晩中ローザと一緒にいて、彼女の歌声を聞いていたいのに。
結局、ぼくはローザの背中が完全に見えなくなるまで彼女を静かに見つめ続けていた。
【お題:生きる意味】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・ローザ・ケイフォード (Rosa Cayford) 20歳 大富豪の末娘
・セス (Seth) 湖に住む謎の人魚
#人魚の歌姫 (NL)
Side:Rosa Cayford
私が生まれた時から住んでいるケイフォード邸は、色とりどりの花々で彩られた庭と広大な湖に囲まれている。
富豪の邸宅といえばこんな感じ、といったイメージをそのまま具現化したような家だ。
ただ…そのイメージと違うことがあるとすれば。
「ラ、ララ…ラ…」
私が湖畔で歌っていると、不思議な観客が水底から現れることだ。
「…あ…」
''彼''はケイフォード邸が建てられる前からこの湖に住んでいた人魚らしい。
深い青色の鱗、大きくて優雅な尾鰭、艶やかなプラチナブロンドの髪、そして…宝石をそのままはめ込んだかのような空色の瞳。
そんな美しい彼と出会ったのは2年前の、流星群がよく見えた夜だった。
私は幼い頃から歌うことが大好きで、8歳の時から聖歌隊への参加やソリストの経験を通してプロの歌手になる道を歩んできた。
でも…2年前に出演した舞台でストーカー化したファンに殺されかけてから、私は人前で歌うことが怖くなってしまった。
そんな私の前に現れたのが、彼だ。
「もう…恥ずかしいから聞かないでっていつも言ってるのに…」
私が歌い始めると、彼はいつも私の腰掛けているウッドデッキの端に両腕をかけて静かに私を見上げてくる。
彼が声を発したところは見たことがない。
それでも私の言葉に反応しているということは人間と同じくらい知能が高いのだろう。
「…ねぇ、あなたの本当の名前はなんていうの?」
出会った時から彼にこの質問を何度かしているけど、今回も彼は答えなかった。
その代わり彼は私が持ってきていた本に視線を移して、表紙に描かれている主人公の "セス" を指差した。
「あ…彼はセスっていうのよ。私の大好きなこの本に出てくる主人公で、あなたと同じ人魚の男の子なの」
セスのことを教えてあげると、彼は心做しか嬉しそうにセスのイラストを撫でた。
それから彼はもう一度セスを指差してから、今度は彼の胸に片手を当てた。
「それは…セスと呼んでほしい、ってこと?」
どうやら彼はセスという名前を相当気に入ったらしい。
彼の大きくて長い尾鰭が静かな湖の水の中でゆらゆらと揺れている。
彼の本当の名前を知ることはできなかったけれど、私はこれから彼をセスと呼ぶことにした。
─── 刹那。
「あ!ねぇ、セス…!今流れ星が…!」
私達が出会った時のような流星群ではないけれど、満点の星空の中をきらりと横切る流れ星が一瞬私の視界に映った気がした。
「…あぁ、気づくのが少し遅かったなぁ…」
流れ星をもっと早く見つけていたら、セスと私の穏やかな時間がこれからもずっと続くようにとお願いをしたかったのに。
なんて思っていたら、セスがキラキラと光る小さな何かをウッドデッキの床の上にそっとのせた。
「これって…!あなたの鱗…?」
セスはゆっくりと頷いた後、鱗を夜空に向けてかざした。
するとそれは月明かりの下で、まるで夜空の星の一部であるかのように青白い光を放ち始めた。
「ふふっ…もしかして、私が流れ星を見逃したからそれを星に見立ててるの?」
セスは私の手をとって、今度は鱗を私の手のひらにのせてくれた。どうやらプレゼントしてくれるらしい。
…不覚にも、キュンときてしまった。
否、もしかしたら…私はようやく自分が彼に恋をしていることを自覚し始めたのかもしれない。
【お題:流れ星に願いを】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・ローザ・ケイフォード (Rosa Cayford) 20歳 大富豪の末娘
・セス (Seth) 湖に住む謎の人魚
#駆と棗 (BR)
Side:Natsume Isshiki
かつて僕は音に溢れた世界にいた。
乗り物の走る音、近所の子どもたちのはしゃぐ声、季節によって表情を変える雨や風の音。
11年前から突然音のない世界で生きることになって、僕の日常には突然制約が増えた。
大好きだった音楽も聴けない。音声のないテレビは味気ない。唇の動きを必死に追う会話は楽しくない。そして何より…大切な人の声が聞けなくなったことがつらい。
だからもし今も僕の耳が聞こえていたら…なんて、いつも考えてしまう。
『棗くん!』
「!」
僕の心がまた少し沈みかけた時、ふいに肩をトントン叩かれた。
『どうしたの?考え事?』
『何でもないよ、駆(かける)。大丈夫』
僕の耳が聞こえなくなったことで、僕を育ててくれた義理の両親にも駆にもたくさん迷惑をかけてしまった。
だから僕は必要以上に本音を言わないルールを自分自身に課した。
でも…駆はそれが不満みたいで、すぐに僕の本心を見抜いてしまう。
『我慢しなくていいんだよ、棗くん…』
『嫌だ…』
『俺に聞かせてよ、お願い!』
『できない…!!』
手話とジェスチャーで頑なに拒否する僕を見て、駆は一瞬悔しそうに表情を歪めた。
「…」
僕たち2人の間に気まずい空気が流れ始めたのを肌で感じた。
このことで喧嘩になったのは実は今回が初めてではない。
『もう俺に本音を隠さないで。お願いだから』
「…」
『俺は棗くんがそうやって1人で抱え込んだ結果、またあの頃の棗くんに戻っちゃうのが嫌なの!』
「…!」
…ああ、そうだ。自ら命を絶とうとする僕を駆は何度も引き止めて、抱きしめてくれた。
僕の耳が聞こえなくなっても僕の生きている価値は絶対に無くなったりしないと、絶望の底から僕を必死に引き上げてくれた。
…なのに、また僕は…。
『…ごめん、駆。僕は駆に迷惑をかけてばかりだから、言わないようにしようと思って』
『どんな些細なことでも言ってくれるほうが嬉しいの!ねぇ、聞かせて?』
『え〜…でも、いつもぼやいてるようなことだよ?』
『もし耳が聞こえてたらって?』
『それそれ』
駆はクスクス笑って、僕をぎゅーっと抱きしめてくれた。
耳が聞こえなくなってから、この温もりに何度救われたことか。
死にたい気持ちだけに支配されていたあの頃に比べて、今の僕は少しだけど笑えるようになった。
面白いとは自負できないけど、ちょっとした冗談も言えるようになった。
世界一頼りになる幼馴染がこうして一緒にいてくれるから、やっぱり本音を言わないルールは撤廃しよう。
改定ルールその1、駆にはどんな些細なことでも伝えること。
そして新たに追加するルールは、彼にはごめんだけではなく、ありがとうと大好きも伝えること。
【お題:ルール】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・水科 駆 (みずしな かける) 19歳 棗の幼馴染
・一色 棗 (いっしき なつめ) 21歳 10歳の時に突然耳が聞こえなくなった